だれかの散文

2017.5.6

第13回:あの角の店ね!今なら絶対通う場所


コーヒーの香りが苦手で、明らかに苦そうな酸っぱそうな、独特の香りがどこの部屋にいても近づいてくるあの強さに「嫌だなあ、また持って帰ってきたんだなあ、早くなくなればいいのに」と思っていた日曜の朝。

 

その香りたつコーヒーは両親が夫婦二人で営んでいた『茶坊 フジ』から淹れて持って帰ってきたもの。店が休みの日の朝、母が温め直して飲んでいて、今ではコーヒーの美味しさ、朝にコーヒーがある有り難さを痛感するのに、幼すぎてその喜びに気付けなかった私。

 

『茶坊 フジ』は20席ほどのお店で、お昼にはランチとコーヒーを、夜はお酒とおつまみが主体の居酒屋でした。L字型カウンターにマスターと呼ばれる父が、「お母さーん!」とお客さんにも呼ばれている母は接客が苦手だということで奥のキッチンで、それぞれ仕事をしていました。卸しで仕入れしてきた材料で父がお刺身や焼き魚などのおつまみを、「今日はどれにしようかなあ、マスター」と数種の具材で迷いながら、母が作る釜飯を食事の締めにハフハフ食べているお客さんの事を思い出します。

 

休みの日になると父はそんな常連のお客さんと作った野球チームで試合をし、そのままみんなと家で打ち上げ宴会。母はそこでも裏方に徹し、お酒のお代わりや出来立てお料理だの、馴染みの人に少しだけえこひいきしながらおもてなししていました。

 

当時の私はお酒を飲みながら大声で話すおじさん達が苦手だったし、8トラと呼ばれるカラオケで「のりちゃんなんか歌ってよ!」と言われるのも地獄みたいに嫌だったし(その後レーザーディスクまで投入してたからきっと歌好きなお客さんが多かったんだろうなあ。

そして嫌とは言いながら母と一緒に小林幸子さんの“おもいで酒”を練習してたからいつかは私も歌おうと思っていたのではなかろうか)、滅多に行かないとはいえお店に行ってお手伝いするのは好きじゃなかったのですが、大人になった今、『茶坊 フジ』近所にあったら絶対通う店じゃん!デイリーでお世話になる店じゃん!好きなお店じゃん!なんで子供時代にもっと楽しんでおかなかった、味のある子供に徹しなかった私!と強く猛省!!

 

夫婦で営むお料理屋さんだなんて嬉しいじゃないですか。

夫婦が喧嘩したら味に変化が出る店だなんて正直じゃないですか。

引き戸を開けると有線が聞こえて来る居酒屋なんてほぼ正解じゃないですか。

ツケとかあった時代、信頼関係で向き合えるお店だなんて粋じゃないですか。

 

子供二人が巣立ったのを見届けて、店じまいをした「茶坊 フジ」

最後の日は常連さんがたくさん集まって下さったという話を聞いたような記憶。

一度でいいから客として行ってみたかったなあ。

マスターにオーダーしたかったなあ。

「お母さん、釜飯お土産に出来る?」なんて通なお願いしたかったなあ。

 

春には店先の藤が綺麗に花咲いた『茶坊 フジ』

それより何より、まず「茶坊」ってどんな意味?

この謎もまた味だったのですか、お父さん。


加藤 紀子

プロフィール:

加藤紀子

92年に歌手デビュー。歌番組やバラエティー番組、ラジオなど幅広いメディアで大活躍するさなか、2000年より芸能界を休業し、パリへ語学留学。2002年に帰国し、芸能活動を再開。現在は、東海テレビ「スイッチ!」、NHK-FM「トーキング ウィズ 松尾堂」にレギュラー出演など幅広く活躍中。

加藤紀子ブログ「加藤によだれ」
http://ameblo.jp/katonoriko/

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