特集の傍流

2018.1.5

山形×厄除けをキーワードに、県民の〝厄〟に対する意識を再考する。

2018年2月号(160号)やまがた厄除け小話。
山形県神社庁
山形県山形市

 新たな年を迎えると、何かと意識が向きがちになるのが縁起物や験担ぎといったもの。だが、良いことがあるようにと祈りを込めた品物を購入したり、暦を見て、良いとされる方角を確認したりして験を担ぐ一方で、良くないものが寄ってこないようにと祈願する人もいる。それが、「厄除け」や「魔除け」という考え方や方法だ。
「厄」や「厄年」も、特に年始になると、気になることとしてよく挙げられる。実際、ウェブ上で「厄年」を検索するのは年末年始に多く、元旦を頂点に前後2週間が検索のピークとのこと(2016年ライフネット生命調べより)。

 

 そもそも「厄」とは、災難、苦しみ、不吉・良くない巡り合わせ、そして厄年を指す言葉。厄年は厄災が多く降りかかるとされる年齢のことで、気にしないという人もいるが、転機を迎えたり、体調不良などの良くない出来事があったりした年を振り返ってみると厄年だった、ということも耳にするもの。そういった人のためにも厄払いが行われ、また、日常の中で溜まっていく厄をこまめに払う、さらには寄せ付けないということで、厄除けとなるものを身につけたり行事をしたりと、厄災を除く考えは広く定着している。
 現在も、正月のしめ飾りが、邪気や魔を中に入れないための結界、つまり魔除けであり、新年の厄除けのために年が明ける前に飾るなど、普段の生活の中に厄除けや魔除けの考えが息づいている。厄を信じるか信じないかは別として、より良い一年を過ごしたいという願いは、今も昔も変わらないもの。
 今回の特集は山形県に関する、厄災にまつわるあれこれを見ながら、厄に対する考え方や向き合い方に触れていく「やまがた厄除け小話」。厄から、自らの生活にも向き合ってみませんか?

 

昔も今も山形県民は、普段から何かと厄災を気にしています。

 年間三隣亡や大将軍など、山形県内に浸透している慣習はもちろんながら、他にも厄除けや魔除けの部類に入るものも、探してみると、実は様々とあるもの。
 例えば、道端や神社、寺院などに「十八夜」と書かれた石碑を見かけたことはないだろうか。これは「十八夜塔」といい、月を拝み、魔を追い払う「月待」の信仰の塔のひとつだ。

 

 

 月待塔とは、特定の月齢の夜に講中という仲間たちが経を唱え月を拝み、悪霊を追い払う行事で、供養の記念として塔を建てる。ある特定の十八夜に餅を供えて月を拝んだという十八夜塔は、県内では山形市周辺と西村山郡に特に多い。観音菩薩の縁日が18日であることから観音信仰と結びつき、中山町の岩谷十八夜観音を向いているという。また、山寺と月山を結ぶ線上にも多く、月山信仰との関連も考えられる。中山町周辺の市町村では現在も供養を行っている地域もあるとのことだ。

 

 また、道祖神信仰にもとづいた昔ながらの神事として、「塞の神」の祭りを現在も行う地域もある。
 塞の神(道祖神とも)とは、集落の外から来る厄災や疫神などを村境で防ぐ神。「塞の神」の行事は、昭和初期まで庄内地方各地で行われていたが、現在は庄内町清川、鶴岡市羽黒町手向などの限られた地域で、それぞれ日程や細部は異なるが、いずれも子ども達が家々を回り歩き、福神招来や五穀豊穣、子孫繁栄を願う。(なお、東日本においては、顔が木の根っ子・カブでできている〝デク様〟という人形に着物を着せて持って家々を回るのは、庄内町の清川地区だけとのことだ。)

 

集落を歩く清川の子ども達。(写真提供/庄内町 情報発信課)

 

 このように、先人は満ち欠ける月に神秘的な力を感じたり、道端の神を敬ったり、魔は何を嫌うかを考え、様々な行事や施しをしたことがうかがえる。現在も、羽黒山出羽三山神社の松例祭で使用した大松明を持ち帰り、「魔除けの引綱」として軒に下げる地域があるように、神の加護で悪いものが来ないようにする風習は各地に見られる。また、厄除けというより福を呼ぶことが目的の行事も散見されるが、それはいずれも先人の知恵が生きた、人々の幸せを願う行為そのもの。我々は知らぬ間にも、その願いを受け継いでいる部分があることを覚えておきたいものだ。

 

実際、厄や縁起は気にした方が良いものですか?

 こうしてみると、年間三隣亡や大将軍に代表されるように、全国的に見ても山形県民は厄災を気にしがちなのではと思えてくる。そこで、その背景にある県民性と地域性、そして〝厄〟への向き合い方を、山形県神社庁にうかがってみることに。ずばり、厄は気にした方が良いのだろうか?
「厄払いをする、お祓いをしてから建て始めるなど、災いの回避策がそれぞれあるので、過剰に身構える必要はないのでは」。そう話すのは、山形県神社庁参事の湯上弘通さんだ。

 

山形県に広く浸透している、厄除けの部類に入る風習について説明してくださった湯上さん。

 

「ただ、信じるか、どこまで気にするかも人それぞれで、それはこちらで気にした方がいいと勧めるものでもなく、個人の自由です。しかし、普段気にしない人が住宅工事を始めたら、隣家から三隣亡だと指摘を受けた例も聞きますので、周囲への配慮を考える部分はあると思います」。
 確かに、迷信とされていても、周囲に迷惑をかけてしまう可能性が少しでもあるならと、気にする人も多い。
「山形県に、ここまで三隣亡や大将軍の影響があるのは、隣組制度などの地域共同体の意識からくる、地域のつながりを大切にする県民性の表れではないでしょうか」と湯上さんは語る。そのためにも、三隣亡や大将軍の場合、事前に周囲に説明をし、お祓いをして理解と安心を得てから、工事を始める向き合い方がある。

 

 では、自身に災いが及ぶという厄年への向き合い方はどうだろう。
 湯上さんは語る。「厄は外から来ると捉える方が多いですが、自らの内にあるものとも考えられました。その中で、厄年は〝役年〟と、新しい役目を担う年だと考えられ、医科学的にもこの年に心身ともに不調を迎えやすいとされることから、それを無事に過ごせたことの祝いだとも言われます。日頃から感謝の気持ちを忘れずに、家庭で神棚を拝むなどの祭事をするのも大事で、年とともに自分を振り返り、見つめ直す機会を与えてくれるのが、厄年という節目なのです」。
 つまりは、人生の節目を大切に考える生活の知恵が、厄年に生きているということ。
 山形県神社庁に教わる、〝厄〟への考え方・向き合い方をまとめると、以下のようになる。

 

1.厄年は役年。心身的、社会的に重要な年。
「厄年の年齢で神役を担った風習から発生した考えです。厄年は社会環境の変わり目に当たる重要な〝役〟の年回りで、心身的にも変調期を迎えるので、気を引き締めよという教えです」

 

2.厄年は年祝い。日頃の感謝を神様に。
「人生儀礼において、還暦祝いと同様、〝ここまで元気に生きることができた〟という〝厄年の祝い〟ともされています。無事だったことを神様に感謝し、新たな御加護を祈るものなのです」

 

3.大切な人生の節目に、厄払いを。
「人生の節目に厄払いのお祓いをして、心身ともにリフレッシュ。これからの人生を歩みましょう。お祓いは年初めから節分までで、早めに済ませることをお勧めします」

 

 また、個々人で験担ぎをしているという人もいるだろう。験担ぎに何をするかは人それぞれであるため、言い換えれば人の数だけ験担ぎはあるのかもしれない。たとえ、どんな効果があるのだろうというような行為でも、当人が「これは験担ぎ」と思うならば、それは立派な験担ぎである。中にはそこから民間信仰の形も見えてくるから、なかなか興味深い。
 暮らしの中にはまだまだ、厄除けに関する行いが息づいていることに気づかされる。長い歴史の中で、多くの人々が厄除けに助けを求め、願いをかけてきた。年の初め、そのルーツを調べてみるのもいいかもしれない。

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