特集の傍流

2018.2.7

農閑期、厳しい冬に熱く生きた若者たちの思いを知る。

2018年3月号(161号)やまがた冬の農村文化。
新庄ふるさと歴史センター
山形県新庄市

 宮沢賢治を敬い、演劇という手段で農村の生活改善に尽力した一人の男が新庄にいたことを皆さんは知っているだろうか。35歳という若さで人生を終えるまで、故郷で夢を燃やし続けた松田甚次郎がその人。裕福な農家の長男として生まれ、盛岡高等農林学校(現/岩手大学農学部)卒業間近、花巻にて賢治と出会う。

 

松田甚次郎)1909年〜1943年。親の反対を押し切って小作人の道を選ぶ。のちに、亡き賢治への報告書として出版した、自らの経験を記した回顧録『土に叫ぶ』はベストセラーとなった。また、「宮沢賢治名作選」を発刊して賢治文学の普及につとめた。

 

甚次郎が記した『土に叫ぶ』。出版されるなりたちまち話題となり、新国劇でも上演されるなど、全国的な反響を呼んだ。

 

 今回は、甚次郎の関係資料を保管する「新庄ふるさと歴史センター」にてお話をうかがった。(TOP写真手前より、お話しをお聞きした八鍬さん、伊藤さん、川田さん)

 

「新庄ふるさと歴史センター」内の展示室「新庄市歴史民俗資料館」。新庄の歴史・文化に関する資料が6つのコーナーに分かれて展示されており、「郷土人物館」のコーナーでは、新庄市出身またはこの地に関わる活動をした人物を写真パネルと資料で紹介している。

 

新庄に理想郷をつくろうと命を燃やした男。

「小作人たれ、農村劇をやれ」という賢治の教えを実践するために、村に戻った甚次郎は若者たちを集めて「鳥越倶楽部」を結成。読書会や勉強会を続けていくうちに、活動は演劇へと広がっていった。鳥越八幡神社の境内に自分たちで土舞台を造り、初演の「水涸れ(みずがれ)」を皮切りに36回もの上演を行ったという。雪に閉ざされた冬の間、台本を作ったり、読み合わせをしていた若者たちの姿は容易に想像できる。そして、彼らの芝居が村の人たちにとって唯一の娯楽になっていたのかもしれない。
 甚次郎の演劇への捉え方は単なる娯楽ではなく、人材育成という考えが根底にある。芝居の中に農民たちの喜怒哀楽が映し出され、演じる者、観る者、両者に影響を与えながら地域課題の解決にも繋がっていった。

 

土舞台で演じている若者たちの姿や、台本を読み合わせる姿、演劇を楽しむ子どもたちが印象的な写真が、当時の様子を物語る。

 

 また、甚次郎は自給自足的な農業経営を実践した。消費組合を組織したり、女性の地位向上のためにも力を注いだ。疲弊していく故郷をなんとかしたいという思いが甚次郎を駆り立てていった。そして、甚次郎の活動にシンパシーを抱き、全国から集まってきた若者たちのため「最上共働村塾」を設立する。この私塾は、賢治の「羅須地人協会(らすちじんきょうかい)」に習ったもの。塾生は4時に起床し、午前は社会、政治、農業経営等について論じ、午後は畑仕事や堆肥作りをするといった毎日の中で、若者たちの育成に努めたという。

 

甚次郎の活動を知り、各地から集まった「最上共働村塾」の塾生たち。後方中央が甚次郎。

 

 甚次郎の功績の中で特に称賛されるのが、社会への女性参画の礎を築いたこと。農村という保守的な地域の中で、しかも戦前という時代に、女性の地位向上について一石を投じた男性がいたということに驚きしかない。今でいう公民館のような「鳥越隣保館」を造り、そこで女子部の活動を行った。砂糖、麹、しょう油、味噌などの調味料や缶詰を作ったり、ホームスパン(羊毛を紡ぎ衣服を作る)の技術を身に付け、女性たちが冬期に作業ができるようにと様々な取り組みを行った。実際、甚次郎が着ていたコートやマフラーは自身が作ったもの。常に持ち歩いていた手提げは妻むつ子の手作りだったそう。

 

甚次郎が着ていたというコートと、持ち歩いていた手提げを手に、説明する川田さん。

 

 

 また、農作業も男性のサブではなく、女性が主体となって稲作ができるようにしたいと考え、農繁期には共同の炊事場や託児所をつくってみんなで協力し合う仕組みも作り上げた。「一人ひとりが豊かになるためには「協働」の気持ちが必要である」こと、そして「女性を守っていくことが地域を変えるために必要なことだ」という先鋭的な考えを持っていた甚次郎。

 

「農繁期託児所」の写真が残る。

 

 今、地元の新しい資源を宝として伝えていきたいと活動している『新庄の種プロジェクト』によって、甚次郎がクローズアップされている。甚次郎の生涯を描いた演劇公演では、毎回、満席になる程の盛況だ。

 

甚次郎の生涯を描いた『土に叫ぶ人   松田甚次郎   ~宮澤賢治を生きる~』は、平成27年度に新庄演劇研究会によって上映された『土に叫ぶ人 義農 松田甚次郎』を再構成し再演されている。

 

演劇『土に叫ぶ人 義農 松田甚次郎』は、平成27年度 第53回山形県県民芸術祭にて大賞を受賞。

 

 代表の八鍬幸紀さんは、今後の活動について「花巻で演劇公演をしたりしながら、賢治の故郷とも交流を続けていきたい」と話す。

プロジェクト代表の八鍬さん。

 

 メンバーの川田健介さんは「甚次郎は周りの人達を巻き込みながら、地域を守るための活動をしていきました。当時の甚次郎と同じ年代である今の自分とを比較すると、彼の行動力は素晴らしいと思います。新庄には甚次郎を知らない人たちがまだまだいるので、『新庄の種プロジェクト』の活動を通して甚次郎を知ってもらい、自分の住む新庄を好きになってもらえたら嬉しいですね」
 新庄市の職員として地域支援を担当している伊藤リカさんは、当時、甚次郎が地域の課題を自分たちで解決しようと取り組んできた活動と自身の仕事を重ねながら「甚次郎の精神を育んでいけるよう、支援を続けていきたい」と話してくれた。

 

 

 80年前、新庄にイーハトーブを求め、農村郷の未来を夢見ていた甚次郎の姿は、当時の農民たちにどれほどの力を与えたか計り知れない。そして、その熱意は『新庄の種プロジェクト』をはじめとする様々な活動を通し、今に受け継がれている。

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