表紙の小さな物語
ここは、江戸後期の文化年間から続く焼き物(陶磁器)の里「平清水」。歴史ある寺や民家や小道が残り、里山に寄り添うように住宅地が広がる閑静な街。その一角に佇む保育園から、園庭を裸足で駆ける子供たちの賑やかな声が聞こえてくる。
園内にある大きな遊具や盛り土の山など、ほとんどが園の職員さんや親御さんらによって手作りされたものと聞いて驚いた。タイヤや木の切り株などの遊具資材も、みんなで持ち寄り、庭全体に敷き詰められた柔らかい砂は、子供たちが素足で遊べるようにと、海に近い沿岸部の砂を運んできたものだという。
保育園に頼りきるということをせず、「ここをもっとこうしたほうが子供たち自身で考え工夫して遊べるんじゃないか」とか「ここは危ないからもっと加工したほうがいいかも」など、試行錯誤を繰り返しながら、遊具を創作したりメンテナンスしたり、親御さんらと園の職員さんたちが一緒になって環境を作りあげることが、当たり前なのだとか。
さらに、お出汁にこだわってつくっている給食は、器も地元の平清水焼きを使用。壊れにくく扱いやすいプラスチック製品ではなく、幼い頃から本物に触れて暮らすという志向の教育と、口と手に触れるものから見直そうという、食育の取り組みにも感心させられた。

山あいの里というに相応しい風情が残る、平清水の環境。

フライパンがひとつあるだけで、庭のいろんなところから材料を集めてお料理。
砂や草をまぜて作ったというママゴト料理を、駆け足で寄ってきて私たちに見せてくれたのは、荒井玲奈さん。ハラハラしながら見ている私たちの心配をよそに、いろんな遊具をいったりきたりしながら「こうやって遊ぶんだよ!」と、自分で登ったり渡ったりして見せてくれた。
しばらくすると、保育園にお父さんとお母さんが迎えに。ついでにと、いつもみんなで散歩に行くという町内のお寺まで、みんなで一緒に散歩することに。園のそばには澄んだ小さな小川がいくつか流れており、平清水の湧き水の源泉もも大切に保護されている。ちょうど散歩をしていた近所のおじさんが、源泉の由来について教えてくれたりもした。昔からあるあたりまえの景観を、地域のみんなで守っている、という印象だ。

散歩しながら、お母さんと一緒に土筆を摘んだり。

季節の草花にふれて名前を聞いたり、交通ルールを確認しながら、親子で仲良く散策。
土筆(つくし)や、甘い蜜があるというヒメオドリコソウ(姫踊り子草)などの野草を摘んだり、あちこち寄り道しながら、平清水の路地を歩いて辿り着いた先は、時々園児みんなで散歩に出掛けるという、最上三十三観音のひとつ『耕龍寺』。春風とともに桜や草花がざわめくように咲き誇り、季節の変わり目を一気に感じられる景観だった。
小山の中腹にある観音堂には、園児たちが「一休さん」と呼んでいる看板には、赤い前掛けが掛けられていて、これは保育園のみんなでつくったものなのだそう。観音堂に手を合わせ、いろんなことをゴニョゴニョと話しかけている玲奈さん。重厚な印象を持っていたのに、不思議と観音様が笑顔で挨拶をかえしてくれているような明るい日差しと風がそよいで不思議な気持ちに。
親の愛情や温もりを、肌で感じることのできる保育環境、土地の昔について教えてくれるご近所さん、見たり触れたりしながら四季を感じられる自然との距離感、そんな当たり前であるべきことが、当たり前になって、たくさんの子供たちが裸足で笑顔で駆け回る光景が、そこかしこで見られるようになったら、どんなに素晴らしいだろうな、と感じさせてくれる出会いだった。

そこに笑顔があるだけで、普段は重厚な観音堂が明るい雰囲気になる不思議。

耕龍寺にある「一休さん」にごあいさつ。

香りとか草花の名前とか。摘みながら学習する玲奈さん。

表紙モデル:荒井玲奈さん
山形県山形市平清水
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