表紙の小さな物語

2020.2.13

2020年表紙の切絵「鼠浄土(鼠の餅つき)のキリハライ」

2020年2月号(184号)表紙

2019年の最後の仕事は、山形のフリーマガジン「gatta!」の表紙だった。

ここ数年、新年号の表紙のグラフィックを僕がやらせてもらっている。新年号は年明けの1月5日前後に配布されるので、縁起物が良いだろうと編集部の面々と話していた。

 

干支が子(鼠)ということで、山形で鼠に関する話は何かないかと相談したら、『童話のオムスビコロリンは、山形にもありますよ。』と教えてくれた。

詳しく聞くとオムスビコロリンは山形発祥という噂があったり、民話として伝えられている地域があるという話だった。これは面白いと思い、今回はこの「山形のオムスビコロリン」を調べてみた。制作所に戻り、手元にあった庄内の民話の本から読んでみた。

 

鼠が登場する話がいくつかあり、「鼠浄土」という話があった。
あらすじはこうだ。

 

爺さんが山へ芝刈りに行き、昼に弁当の包みを開くと握り飯がコロコロ転がり、穴に入ってしまった。その穴から鼠が出て来て、爺さんに握り飯のお礼をしたいから尾っぽへ掴まれと言う。爺さんは言う通りにすると穴をくぐり、立派な屋敷がある鼠の住処に案内される。そこで餅搗歌とともに餅つきが始まり。

 

あずきねれちゃ
餅つげちゃ
猫さえいねば
極楽浄土のまん中だ
ストトン ストトン

 

まごひこやしやご
じじりじりごの代までも
ニャオどいう声聞きだぐね
ストトン ストトン

 

爺さんにご馳走や餅、宝物をどっさりとお土産に家に帰った。隣の慢気婆さんがこの話を聞きつけ、慢気爺さんへ同様のことをさせようとする。性根の悪い爺さんは、鼠の屋敷まで行くが宝物を全て手に入れようとして猫の鳴き真似をして鼠達を追い払おうとする。すると、今まで見えていた地下の世界が真っ暗闇になりあちらこちらにぶつかりながら地上へ出ようとする。猫ではないと気づいた鼠達に仕返しをされるという話だ。

 

置賜地方にも「ねずみの浄土」という話がある。基本的には庄内と同じ流れだが、穴に落っことしたお握りを鼠が毎日欲しがり言われるままにあげていると、ようやく子供が一人前になったからお礼にしたいと、餅をつきへ誘う。そこは集落というよりは家で、土産は宝ではなく大判小判だった。また、慢気婆さんの代わりに火もらい婆(自分の家の火の管理ができないダメ婆)が登場し、隣の家に火を貰いに伺い、その際に大判小判を発見し、ことのあらましを聞きが、おしょうしな(ありがとう)も言わずに踵を返す、ダメ婆の様子が描かれている。

 

庄内には、鼠浄土の他に、話の筋が似た「地蔵浄土」というのがある。庄内と置賜の「鼠浄土」、庄内の「地蔵浄土」では筋は同じだかディテールがことなり、バリエーションがあるようだ。これは、どうやらオムスビコロリンが山形発祥という訳ではなく、もっと普遍的な元の話であり、各地域に色んなバリエーションの「オムスビコロリン」がありそうだ。

 

柳田邦男が言うには「団子浄土」「鼠浄土」「地蔵浄土」という話が全国に沢山あるらしい。鼠が登場するという意味では「古事記」が古いものだろう。オオクニヌシノカミが根の国を訪問し、神の鳴鏑の矢をもって焼き廻らされて、出る路がわからなくなったとき、鼠が登場し「内はほらほら外はすぶすぶ。すなわちそこを踏みしかば、落ちて隠れ入りたまう間に火は焼け過ぎぬ」と助言をくれた。

 

琉球にも鼠を精霊と考える話があった気がしたが、本が見つからないので詳細は記さない。
アジアや北方についても調べてみたいが、そろそろ制作をはじめないといけない。

 

昔の人は、鼠をどこか(彼方の世界)とこちら(人の世界)を穴を介して行き来する生き物として考えていたのだと思う。鼠は、人にとって収穫した米を食べたり悪さをする身近な生き物であり、土の下の世界と上の世界を行き来する不思議な生き物だったのではないかと思う。

 

土の下には自分たちの先祖が埋まっており、その世界と目の前の世界を繋げる使者。鼠浄土をみると彼方の世界は、明るくずいぶん豪華で豊かな世界である。あの世の幸福な風景として、「餅つき」が登場するのは実に山形らしい。僕の同い年くらいの山形県出身の友人達も、餅つきをすると呼ぶと喜んで来てくれる。餅を搗くと音が鳴り、その音でも隣近所の人がわらわらと見に来るくらいだ。そしてお裾分けすると本当に喜んでくれる。鼠浄土の郷土性が変わらずに現代にも存在している。

 

鼠が穴を通じて彼方の世界と人の世界を繋ぐ役割を、山形で餅つきがもつ、幸せな風景や人を繋げていく印象でポジティブに強調しようと思う。
今回は、鼠と餅を合わせたようなモチーフにしようと思った。

 

置賜地方のキリハライ。古いものだと江戸時代のものが残るという。

 

左が今回の引用した鏡餅のキリハライ、右が表紙用に吉田氏が作った鼠浄土のキリハライ。

 

表紙用として制作中のキリハライ。

 

具体的に、物へ落とし込む際にもう一つ引用したものがある。
置賜地方のキリハライだ。キリハライは、宝船や鶴亀、鏡餅のような吉祥紋や稲刈りなどの農業の風景を描いた切り絵だ。神社で売っていたり、家主が自分で作ったりし、2〜15枚ほどの組み合わせで貼り、毎年年末に貼り重ねていく。年々厚くなり飾れないくらいになると燃やすそうだ。キリハライは、新しい年の豊作祈願や商売繁盛、子孫繁栄などを願う縁起物だろう。

 

僕は以前、置賜民俗学会の梅津さんに協力いただき、キリハライのフィールドワークをコーディネートした。その際に小野川地域の民家に実際に飾られているキリハライや、一宮神社の宮司さんに切り方を教わった。切り紙は東北では南三陸が有名だが、中国でも「刻紙」や「剪紙」などナイフと鋏の筆記用具の違い切り紙を区別しているものもある。同じく新年へ向けて年の瀬に飾る縁起物だ。

 

餅と鼠の隣の杵と臼は、台湾のタイヤル族の村へフィールドワークした際に使っていた物がモチーフになっている。山形県内にも同じ様なものを見かけた事があり、似た臼はアフガニスタンにもあった。

 

今回の「鼠浄土のキリハライ」では、鼠と餅つきが合わさり、願いとしては「人間や何かを繋ぐ」だろうか。今回は山形県内の民話や切り紙が内包している「願い」や「祈り」を繋ぎ合わせ、自分なりに縁起物を作ってみた。

 

参考文献:

畠山弘,「庄内の民話」,爐の会,1975
畠山弘,「続庄内の民話」,爐の会,1976
柳田邦男,「定本柳田邦男集 第六巻」,筑摩書房,1963
柳田邦男,「柳田国男全集〈21〉故郷七十年・海上の道」,筑摩書房,1997
武田正,「ねずみの浄土」,山形新聞/音読・山形と民話,山形新聞社(2008.9.30掲載),2019.12.15閲覧, https://www.yamagata-np.jp/minwa/minwa69.html
丹羽朋子+下中菜穂,「窓花 中国の切り紙」,エクスプランテ,2013
「置賜の民俗第22号 キリハライ〜新しい年の祈りを込める切り紙飾り」,置賜民俗学会,2015

 

2020年2月号(184号)蔵王のふしぎ。
表紙図案と切絵:吉田勝信
モチーフ:子とキリハライ

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