だれかの散文

2019.6.17

第14回:松原智恵子さんとの想ひ出


公開中の中野量太監督『長いお別れ』は、家族の中で絶対的な存在だった父親がある日、認知症になり、それを受け止め動揺しながらも娘たちには心配かけず献身的に夫を支えようとする妻。そして、それぞれ悩みや問題を抱えながらも両親を支えようとする長女と次女… 家族の7年が描かれる。

 

私の母も認知症になって7年。記憶は薄れ、身体の自由が利かなくなっていく様子を見てきたので、身につまされるだけでなく、家族愛の映画として秀逸で大きな感動を覚えたのでした。

認知症が題材といっても悲惨な内容ではなく、そこはかとないユーモア、明るさ、そして希望がある。と言っても現実から目を背けている訳ではなく、辛さ、哀しさもある。しかし、残るのは、えもいわれぬ温かさ。私にとって、家族の映画として大切な1本になりました!

 

斉藤耕一監督「おにぎりアルカディア物語」南陽市ロケの撮影合間に、松原さんと荒井(2002年4月10日)

 

斉藤耕一監督「おにぎりアルカディア物語」南陽市ロケにて。中央が松原智恵子さん(2002年4月10日)

 

「おにぎりアルカディア物語」製作発表。左から江原修さん、エド山口さん、須貝智郎さん、永島敏行さん、浅茅陽子さん、斉藤耕一監督、松原智恵子さん、鹿内孝さん、吉永雄紀さん、大貫あんりさん、監督夫人である斉藤八重子さんプロデューサー(2002年4月8日)

 

本作で良妻賢母の曜子を演じているのが松原智恵子さん。認知症になった夫・昇平役の山崎努さん、二人の娘で、夫の転勤で息子と三人で慣れないアメリカに移り住み戸惑っている長女麻里役の竹内結子さん、カフェを開く夢も恋愛も思うようにいかず思い悩む次女・芙美役の蒼井優さんと共に主要キャストの一翼を担っています。

 

『長いお別れ』舞台挨拶後にインタビューをして、記念撮影(2019年6月8日)

 

松原さんは、私が小学高学年の頃からのマドンナ。日活映画「明日に向って突っ走れ」(61)を皮切りに、数多くの映画でヒロインを演じました。吉永小百合さん、和泉雅子さんと共に「日活三人娘」と呼ばれ、清純派スターとして絶大な人気を誇りました。

 

松原さんが銀幕のスターとして活躍している頃の私は幼く、映画館に足を運べる年齢ではなかったので、松原さんとの出会いはテレビドラマでした。石坂洋次郎の原作『雨の中に消えて』(1966年)を皮切りに日本テレビで松原さんをヒロインでドラマ化。好評を博し『あいつと私』(67) 『山のかなたに』(66) 『雨の中に消えて』(66) 『あいつと私』(67) 『ある日わたしは』(67 – 68)『はじめまして』(68) 『若い川の流れ』(68)『颱風とざくろ』(69)とシリーズ化。松原さんは20代前半にして国民的ヒロインになったのでした。

小学3年から6年にかけての私は一連のドラマでの松原さんの清楚な美しさの虜になったのでした。

 

村山市民会館「新春トークショー」の様子(2004年1月21日)

 

その松原さんと2004年1月にトークショーをする幸運に恵まれたのです。正確には、村山市「元気塾」で松原さんを講師に招いた際の聴き手を務めたのでした。村山市出身の映画監督・村川透さんの映画祭を監督の故郷・村山市で開催すべく地元の人たちと交流する中で戴いた話でした。

 

村山市民文化会館大ホールでのトーク前に、松原さんのプロフィール映像をスクリーンに映し、私が、松原さんと青春映画やドラマで数多く共演した舟木一夫さんの「学園広場」を唄いながら登場し、松原さんを呼び出しました。上手で待機しているはずの松原さんがいません。

どうやら、スクリーンが見える位置の奥のドアの隙間から覗いていたようで、私が「松原智恵子さんを大きな拍手でお迎えください!」とコールすると「キャ!」と松原さんの声がしたかと思うとバタバタと走る音が響いたのでした。そして 何食わぬ顔で登場されたのでした。憧れの松原さんとのトークで緊張していた私の心が一気にほぐれたのでした。

 

あとは日活時代の話、石原裕次郎さん、小林旭さん、芦川いずみさん、浅丘ルリ子さん、高橋英樹さん、浜田光夫さん、渡哲也さん、そして「日活三人娘」の吉永小百合さん・和泉雅子たちとのことなどをミーハー精神むき出しで楽しく伺いました。特に、裕次郎さんとのエピソードは笑えました。

「裕次郎さんは日頃からジーパンはいて気取らない方だったんですが、私が新人の頃、撮影中、衣装部に駆け込んで、衣装係に「衣装替えです」と言ったら、その人が裕次郎さん。まだ、ご挨拶もしていなかったので、それが初対面という不幸な出会いでした(笑)。」と大スター裕次郎さんを衣装係と間違えた失態を明るく話してくれたのでした。
松原さんにとって日活は学校であり“青春”そのものだったようです。

その後、村山市土生田の湯舟沢温泉旅館で松原さんと事務所社長、お付きの方と食事をご一緒し、夜遅くまで話に花が咲いたのでした。

 

村山市でのトークショー後に、松原さんはじめ関係者の皆さんとともに湯舟沢温泉旅館で会食(2004年1月21日)

 

石坂洋次郎シリーズから35年の月日を経て突然お会いできたわけではありませんでした。当時親しくさせて貰っていた村川透監督も日活出身で若き日の松原さんのことを良く知っていて「チーコ」と呼び、当時の話をよく伺っていたのでした。

また、村川監督とは日活時代からのお仲間・斎藤耕一監督(故人)が南陽市で撮影した『おにぎり アルカディア物語』(2004)に松原さんが出演。村川監督と撮影現場に陣中見舞いに行った時、斎藤監督、松原さん、やはり日活時代のお仲間 山内賢さん(故人)の撮影場面で、休憩時間は、さながら日活同窓会のようでした。その時に松原さんに自己紹介させて戴いたのでした。

 

ちなみに松原さんは藤沢周平原作、山形市を中心に撮影した『小川の辺』(2010)に主人公・東山紀之さん演じる戌井朔之助の母親役で出演。山形とはご縁があるようです。また、この時の夫役は、やはり日活時代からのお仲間・藤竜也さんでした。山形との縁といえば1965年の日活映画『城取り』は裕次郎さんと共演した稀少な作品だが、山形の「畑谷城の攻防」を描いたものでした。

 

左から松原智恵子さん、瀬川昌治監督、大杉漣さん。残念ながら男性お二人は鬼籍に入られました。下記の文章にありますように松原さんは顔面 特に額を強く打った後で氷で冷やしていたのですが、写真では腫れは分からないようです。2012年8月25日小野川温泉 寿宝園にて。

 

村山市でご一緒してからは松原さんに何度かラジオ番組にも出演戴き、2012年8月には米沢市で開催した《米沢シネマ・ステージ》にゲスト参加戴き、私を訊き手に2度目のトークショーを和服でして戴いたのでした。その時は、米沢市小野川温泉「寿宝園」に同じくゲスト参加の大杉漣さん(故人)、瀬川昌治監督(故人)と一緒に宿泊。夕食をご一緒致しました。食事を楽しみにされた松原さんはマネージャーと二人で早めに席に着かれました。まだ全員揃うのに時間があるので松原さんはマネージャーと玄関横にある露天風呂を見に行ったのでした。

 

《米沢シネマステージ》トークショーにて(2012年8月25日)

 

写真は《米沢シネマステージ》トークショー後にインタビューしている時の松原智恵子さん。前日、寿宝園で、額を中心に顔面を強く打ったことが信じられない美しさです(2012年8月25日)

 

5分ほどして露天風呂の方から松原さんの「キャッ!」といういつか聴いた声と「ゴーン」という鈍い音が20メートルほど離れた大広間まで響いてきたのでした。露天風呂を見学してマネージャーの後をついて戻ろうとした松原さんでしたが、風呂場ドアの手前で電話を受けたマネージャーが横に逸れて、松原さんはそのまま透明の分厚いガラス戸に顔面から衝突!!

おでこを抑えながら部屋に戻った松原さんに話を訊き、現場に行ってみると、ガラス戸には松原さんの額・鼻・くちびる・顎の跡がしっかりと残っていたのでした。

そして食事。翌日にトークショーを控えて大丈夫なのかと心配でしたが、松原さんは氷で額を冷やしながらも漣さん、監督、私たちと話し、食事を楽しみ、温泉も満喫されたのでした。

 

過去に大女優とよばれる方と温泉をご一緒するのは松原さんで3人目ですが、大浴場に一般の人がいようと構わずに入られたのは松原さんだけです。それが松原さんの魅力なのでしょう。

 

松原さん主演『ゆずの葉ゆれて』公開でムービーオン山形に舞台挨拶にいらした時に控え室でインタビューにて。松原さんのお着物と筆者(荒井)のネクタイが同じ藤色という嬉しい偶然が重なりました(2017年4月1日)

 

『ゆずの葉ゆれて』(16)では、「第1回ソチ国際映画祭」主演女優賞を受賞し、「第71回毎日映画コンクール」で田中絹代賞を受賞。そして『長いお別れ』の演技でも受賞することは必至。

2019年6月8日にムービーオン山形に『長いお別れ』舞台挨拶にいらっしゃり、インタビューをさせてもらった松原智恵子さんは、今年74歳で、竹内結子さん(39歳)、蒼井優さん(33歳)の母娘役は自然なのですが、映画で並ぶと三姉妹のようにしか見えない美貌を保っています。50有余年の長きに亘ってファンでいて良かった!間違ってなかった!としみじみ思わせてくれる稀有な女優さんです。

 

松原智恵子さんが、2019年6月8日(土)ムービーオン山形に『長いお別れ』舞台挨拶にいらっしゃいました。

 

『長いお別れ』舞台挨拶後にインタビューをして、記念撮影(2019年6月8日)

 


幸博荒井

プロフィール:

荒井幸博

1957年山形県山形市生まれ。地元での銀行員、自主上映及び映画館スタッフとして勤務し、1995年4月から独立。山形を拠点にシネマ・パーソナリティとして映画の魅力の醍醐味を語り、執筆し、映画ファンの裾野拡大に奮闘中。

公式サイト「いい日。ミーハーでいこう」
http://www.araiyukihiro.com

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