だれかの散文

2019.12.6

第19回:田中邦衛さんとの想ひ出〈前編〉


11月3日に山形市高瀬紅花ふれあいセンターで久しぶりに森川時久監督『若者たち』(1967)を観賞。活力溢れる映画で俳優が演じているというより役を生きている感が強く、特に長男・太郎役の田中邦衛さんには笑わせられ、泣かされました。改めて唯一無二の稀有な俳優であることを再認識。「その田中邦衛さんと親しくさせてもらっていたんだなあ」と感慨に浸ってしまいました。

 

邦衛さんとの出会いは1996年12月4日、山田洋次監督『虹をつかむ男』撮影中の松竹大船撮影所でした。勿論、いきなり行っても撮影現場を見学させてはもらえません。山田洋次監督のデビュー作から全て撮影を担当していた高羽哲夫カメラマン(1926年8月31日 – 1995年10月31日)が、福島県出身ながら山形大学工学部前身の米沢高専卒業というご縁から、米沢市の後輩に当たる本田健蔵さんに紹介戴き、親しくさせてもらうことができたのでした。山田組ベテラン制作担当の峰順一さんが、亡き高羽さんの知己ならばと無条件で見学を許してくださったのでした。

 

山田洋次監督作品全ての撮影をしていた高羽哲夫カメラマン(右下)を囲んで米沢市で『男はつらいよ』上映後に懇親会。1990年1月11日

 

西田敏行さん演じる映画館オデオン座館主・白銀活男を支える運営委員らが集まり、映画館内で企画会議をする場面でした。私も映画館スタッフ時は連日そのような実行委員会を重ねていたので、興味深く拝見しました。この時、ご意見番の和尚を演じた名優すまけいさんが何度もダメ出しをされ、テイクを繰り返し、OKが出ないままに昼休憩に入ったのでした。

 

すまけいさんといえば、かつてアングラの帝王と謳われた役者で、1985年からは井上ひさしさんの「こまつ座」で活躍。50歳の86年に山田洋次監督『キネマの天地』で、映画監督役で映画初出演してからは山田作品に立て続けにに出演。山田監督が脚本を手がけた作品も含めると『虹をつかむ男』が13本目に当たりました。10年間で13本ですから、山田監督にすまさんが如何に気に入られ信頼されていたかが伺えます。その、すまさんが顔が真っ赤になる程のダメ出しを受けていたのは驚きでした。

 

『虹をつかむ男』映画館ロビーのセット。

 

ランチ休憩に入ったので、想い出に撮影所食堂で昼食をとって帰ろうと思ったら、隣のテーブルに出演者の柳沢慎吾さんとマネージャーが座ったのでした。私は、念のために山形放送から録音機を借りていたので、思い切って慎吾さんに話しかけたのでした。「慎吾さん、山形から見学に来たんですが、映画好きが高じて映画館に勤めていたのでこの映画を応援したいんですよ。宜しかったらお話を訊かせて戴けませんか」とお願いしたら「いいよ!楽屋に来る!?」と快諾戴き、慎吾さんの楽屋でコーヒーをご馳走になりながら、念願の山田組で演じられる喜びや、『ふぞろいの林檎たち』等の話を1時間程伺い、最後にお約束の「ア〜バ〜ヨ〜!!」で閉めて貰ったのでした。

 

1996年12月4日『虹をつかむ男』撮影中の松竹大船撮影所 楽屋にて。

 

楽屋でサインを書く際、自分の似顔絵を描く西田敏行さん。

 

これで山形から大船まで録音機を持ってきた甲斐があったと意気揚々と帰ろうとしたら、主演の西田敏行さんのプレートが貼られた楽屋が目に止まりました。扉が30cmほど開いていて、その隙間から西田さんの顔が見えたので、私は思わず「西田さん!」と声を掛けてしまいました。

 

昼食後、横になり寛いていたのでしょう。西田さんはダルマのように起き上がり、私を手招きしてくれたのですが、扉前でガッシリした色黒の男性に立ちはだかられ「何ですか?アポは取っているんですか?」と至極当たり前の問いかけをされたので「スミマセン。山形で映画館に勤めていたのでこの映画を応援したくて来たので、ご挨拶だけと思いまして」まで言ったか言わないうちに、西田さんが「いいから、いいから入ってきて!」と私を呼び入れて下さり、インタビューをさせて貰ったのでした。福島県郡山での少年時代、映画好きで映画館へ通った話など、30分余り話して下さったのでした。

 

翌年『虹をつかむ男 南国篇』の撮影時、松竹大船撮影所での西田敏行さん。

 

小泉今日子さん、倍賞千恵子さんと。後ろには、吉岡秀隆さんと西田敏行さんが。

 

西田敏行さんは翌年の『虹をつかむ男 南国篇』でもインタビューに応えて下さり、共演の倍賞千恵子さん、吉岡秀隆さん、小泉今日子さんに紹介して下さり、それぞれお話を伺えたのでした。西田さんは以降も事ある毎にインタビューさせて貰ったのでした。

 

松竹大船撮影所で田中邦衛さんと初対面。『若者たち』パンフレットと『虹をつかめ』台本を手に。

 

私は幸せな気分でいよいよ帰ろうとしたら、映画館のロビーのセットで、映写技師役の田中邦衛さんが独り煙草を燻らしているではありませんか。大好きな俳優さんなので迷うことなく「邦衛さん、山形から来ました!映画館で映写もやってました。」そして、何があってもいいようにと持参した『若者たち』のパンフレットを邦衛さんに差し出したら「ウワー、懐かしいなあ!ちょっと見せてくれよ」と興味を示され、当時の話をして下さったのでした。

 

この時は、田中邦衛さんと以降20年近くも親しくお付き合いさせてもらうことになるとは、夢にも思わなかったのでした。

 


幸博荒井

プロフィール:

荒井幸博

1957年山形県山形市生まれ。地元での銀行員、自主上映及び映画館スタッフとして勤務し、1995年4月から独立。山形を拠点にシネマ・パーソナリティとして映画の魅力の醍醐味を語り、執筆し、映画ファンの裾野拡大に奮闘中。

公式サイト「いい日。ミーハーでいこう」
http://www.araiyukihiro.com

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