特集の傍流

2021.12.2

西洋梨の産地146年。ラ・フランスの歩みと真の魅力とは。

2021年12月号(206号)ラ・フランス ストーリー
山形大学農学部:村山秀樹教授、山形県農林水産部園芸農業推進課:今部恵里さん
山形県山形市、鶴岡市、高畠町

 山形大学農学部の村山教授は、ラ・フランスと向き合って30年以上という青果保蔵学の専門家だ。
 「ラ・フランスの上品な香り、とろけるような果肉はほかのフルーツにない魅力です。実は西洋梨は海外に比べて国内の流通量が少なく、日本梨の1割程度。追熟して食べるというスタイルが日本人に受け容れづらいのかもしれません」と話す。

ラ・フランス博士こと村山教授は現在、山形大学農学部の学部長も務める。

 

西洋梨の秘蔵っ子がグルメブームで表舞台に

 「日本にラ・フランスが受粉用として導入されたのが1903年(明治36)。その後1911年(明治44)年に愛知県立農事講習所から刊行された[果樹栽培教本]のなかに、結果の宜しき外国種類としてラ・フランスが紹介されています。そして1940年(昭和15)の内田郁太の著作[日本園藝案内記]でも、屋代村(山形県高畠町)の優れた産出品のなかに記述があり、受粉樹時代の様子を伺い知ることができます。」と村山教授。
 その後しばらく缶詰加工用のバートレット栽培の時代が続き、1980年台に入ると缶詰需要が落ち込み始め生食への展開期を迎える。「このとき抜擢されたのがラ・フランスなのです。それまでは一部の農家さんだけがその秀逸なおいしさを知っていたのでしょう。生食西洋梨の最高峰として山形県はラ・フランス栽培事業を推進し、官民連携による一大産地化が加速しました」と村山教授は語る。
 「追熟のコントロールと適食期の見極めが課題です。長期貯蔵法の研究を進め、将来的には季節を問わず食べられるフルーツとなるよう目指したい」とも。

 

昭和初期、西洋梨の栽培が盛んだった高畠町屋代地区には「ラ・フランス通り」なるものが。

 

ラ・フランス通りを走っていると果樹畑の向こう側に小山を発見。”屋代三山”のひとつ、相森山だ。

 

相森山の頂上には熊野神社が祀られている。社殿のなかには梨の古木から彫られた御尊像が納められているそう。

 

熊野神社の傍には「梨子(なし)大明神」の石碑が鎮座。よく見ると明治中期ごろの年号が見てとれる。

 

食べごろを見極め、極上の味を召し上がれ

 ラ・フランスをおいしくいただくには先述の通り、追熟が欠かせない。捥ぎたてが新鮮で美味しいとされる果物が多いなか、食べごろを待つことはもどかしく、また一方で食べごろの判断も難しい。
 「山形県では2012年より毎年の生育状況に合わせ、販売開始日を制定し、食べごろに近い状態で消費者に届くよう出荷する取り組みを進めています」と教えてくれたのは山形県農林水産部園芸農業推進課で西洋梨を担当する今部さん。

 

取材日は、ラ・フランスの販売開始基準日も間近に迫ったころ。今部さんは、ラ・フランスがカットフルーツとして楽しめるよう、鮮度保持技術の普及にも努めている。

 

GI「山形ラ・フランス」世界に誇れる山形の顔

 山形県は西洋梨の生産量が全国の約65%、なかでも栽培面積から産出したラ・フランスのシェア率は全国の84.7%を占める一大産地である。ラ・フランスは山形が世界に誇れるフルーツのひとつであり、あの舌触りや滑らかで食べ応えのある果肉、甘く高貴な果汁と香りは唯一無二のおいしさだ。「ラ・フランスは開花が早く収穫まで長い期間を要します。また病気になりやすいなど手間もかかります。しかし県内の生産者たちは消費者に良質なラ・フランスを届けるため、その労力を惜しみません」と今部さん。
 2020年には「山形ラ・フランスが地理的表示(GI)保護制度に登録され、国がその結びつきを認めている。山形の秋の顔、ハイブランドフルーツとして、ますますの需要の高まりを期待したい。

 

ラ・フランスの食べ頃を判断する目安は軸とその周り。食べ頃になると軸がしおれ、軸の周りにシワがよってくるので参考にしてみてほしい。また、果実を半分に切ってスプーンですくって食べると手が汚れず手軽とのこと。

 

2021年12月号(206号)
ラ・フランス ストーリー

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