特集の傍流

2022.2.10

その荷を知れば山形が見えてくる。帰り荷でやってきた宝。

2022年3月号(209号)
山形大学人文社会科学部:岩田浩太郎教授
山形県山形市

 最上川水運の発達と北前船の活躍によってもたらされた上方文化との交易・交流。山形からの行き荷として紅花や青苧が運ばれたことはよく知られているが、その帰り荷にはさまざまな上方商品が積まれ、仲買人や中継地点などに住う町人や百姓たちと取引されていたという。こうした往復で儲けを生む山形の紅花商人たちの「のこぎり商い」によって単に物資だけでなく、風習や信仰心に結びついたものも数多くあった。

 

運び込まれたのは、モノだけではない文化

 「西の伊勢参り、東の奥参り」の言葉でも知られる通り、山形では古くから出羽三山の信仰や信心深い山形城主・最上義光の熱い厚い保護の影響で、人々の寺社への思い入れは並々ならぬものがあったという。そのひとつが仏像崇拝で、上方や江戸の優れた仏師によって作られた仏像が最上川によって運ばれてきた。例えば大石田河岸に隣接する船乗りたちの祈願寺でもある乗舩寺には、木造としては日本屈指の大きさを誇る釈迦涅槃像、その傍らには釈迦誕生仏が祀られている。すなわち釈迦が生まれてから入滅するまでの生涯に接見できる場所なのだ。このように人々の心の安定や上方の技術、流行などなど、目に見えない荷物も載せてきた帰り荷たち。歴史の贈り物でもあるそれらが300年以上の時を経ていまなお大切に受け継がれていることに感謝したい。

 

全長約2mの釈迦涅槃像は京都から来迎寺(山形市)へ運ばれる途中で急に動かなくなり、大石田町の大石山乗舩寺に納められた伝説が残る。大石田町文化財。

 

黄檗宗の佛心寺(東根市八幡地区)に鎮座する高さ250cmの大仏。北前船と最上川舟運によって取り寄せられたという。東根市文化財指定。

 

山形市山家本町の佛母山金勝寺にある五百羅漢。1836年(天保7)に京都から運ばれ安置堂に納められた予約で見学可能。

 

紅花の交易が運んだ、庶民の命をつなぐ宝

 「雛人形など、上方からの帰り荷は高価なものが多かったので、庶民はなかなか買えませんでした」と話すのは、日本史を専門とし、最上紅花を研究する山形大学の岩田教授だ。「村山地方の商人は上方のみならず酒田からも帰り荷を仕入れました。注目すべきなのは、上方で売った紅花や青苧の代金を、上方からの帰り荷の仕入れに全部使わずに一部を酒田に回していたことです。北前船が全国から酒田港に運んできた塩や茶、蝦夷地から運んできた五十集物(いさばもの。塩干しした魚介類)を酒田で大量に仕入れました。これらの物資は村山地方の小作人など農村の生産者に販売されました。農村の多くの人々にとって紅花の交易がもたらしてくれるものは、彼らの命をつなぐための大切な物資でした」と解き明かす。

 

日本経済史、日本近世史を専門領域とする岩田教授。山形の古文書を調査していくうちに当時の活発な経済活動や紅花の交易などに興味を持ち、山形大学へ赴任。じつはアメリカ生まれだそう。

 

 古着も上方や酒田から仕入れられ、庶民に販売された。人々が買いやすいように古着は解きもの(襟や袖などパーツで売られる古着)にして村山地方へもたらされた。北前船は、こうした庶民の衣食など、生活を支える大切なものも沢山運んでくれたのだ。

2022年3月号(209号)
帰り荷でやってきた宝

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