特集の傍流

2016.5.13

桑畑から純山形産の着物づくりを。

2016年6月号(140号)ブレイクスルーの鍵
とみひろ 冨田浩志さん、やまがた紬職人の皆さん
とみひろ(山形市小立)

「呉服商として、日本・山形の文化を伝えていかなくては…そういう使命を感じています」。23代目社長の冨田浩志さんは438年の看板を守りながら、常にチャレンジし続けている。「この業界は、マーケットがどんどん小さくなっています。その中で、どうやって若い人にも着物の良さを発信していけばいいのかを考えると、ある程度マーケットの波に合わせていかねばならない。しかし、マーケットには合わせるけれど、振り回されるのではなく、自分たちで哲学を持ち、なおかつ、お客様に訴えかけていく。そしてニーズにも対応していくことが必要なんじゃないかと思います」。

 

都市やビジネスの変遷の中で、
〝山形〟を意識し始めたきっかけとは。

26歳の時に関東圏に出店したことが、生活の知恵として先人たちが紡いできた山形の織物を見直すきっかけとなったという。「〝なんだ?山形のド田舎の呉服屋が来たか〟というような、同業者の誹謗中傷もありました。そこで〝負けてたまるか〟と思ったのがきっかけですね。そこから、今でいうところのブランディングに精を出すことになるんです」周囲の呉服屋がほとんど京都の着物を売る中、ふと「山形にも白鷹、長井、米沢の紬、織物があるではないか」と思い立ったという冨田さん。「山形にも、先人たちが生活の知恵であみだしてきた織物があるわけですね。そういったものを扱ってみたいなと思いまして。不思議なもので人間って、故郷を離れると故郷を思うものなんですよね。日本を離れて海外に行くと日本がわかる。山形を離れると、山形を意識し始めるんです。外に出て初めてわかるっていうんですかね」。

 

そこで、多くの人々の関心が向いている東京、それも、一番地価の高い銀座で、山形の紬を発信しようと考えたのだという。「銀座で山形の紬を発表だなんて、珍しかったと思いますよ。なんの補助金もなしに、いち呉服屋が全部やったんですから。そうやって回を重ねるうちに、着物作家の先生にも協力をいただいて。自分でも、山形の紬は故郷のものだし……そんな意識をし始めたのがそのあたりからですね。それが今までずっと続いている、つながってきているということでしょうね」。

 

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山形生まれの〝ジャパンシルク〟で、
新たなステージへと。

「もともと山形は全国的にも養蚕が盛んなところでした。明治35年には、製糸工場が全国に655箇所もありましたが、それが今や、大きな製糸工場は、全国に2箇所しかありません。けれどこの2つの工場は、高度な技術とノウハウを持っている。そう考え、〝純○○産〟の着物に思いを馳せると、それを山形という土地で作ることができると思ったんです」。冨田さんの語りに熱がこもる。
呉服店としては日本で初めて養蚕事業を始め、2500坪の桑園の運営と養蚕、染織技術を研究する事業を展開。「今や99.7%が外国産で、国産の絹は0.3%しかありません。最盛期には白鷹町に1万軒以上あった養蚕農家が、今では県全体で5軒だけ。地域の産業を守り、活性化させていく一助になれば」。その起爆剤として期待されるのが、近年、世界のマーケットで注目されている〝ジャパンシルク〟だ。
「日本での絹のマーケットは縮んでいますが、世界では増えています。そんな中で、ジャパンシルクは、世界最強のシルクなんです。最高の品質で、プレミアムなシルク。だから私は、これを発信したいと思っているんです」。山形からの発信に期待が高まる。

 

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ファッションだけじゃない、
着物にこめられた、人の温かな気持ち。

山形での紬の産地というと米沢、長井、白鷹が挙げられる。この3つの地区で置賜紬といい、この名前で伝統工芸品に指定を受けている。「本来は、紬の産地というのは至る所にあったんです」という冨田さんは、そのいわれを我々に語ってくれた。「草木染めは、草木から色をとるから草木染めというのだろう、と皆さん思っていらっしゃるのだけれど、実はそこには、なかなか深くて、思想的なものがあるんです。山形には、草木塔というものがあります。これは、山川草木悉皆成仏という思想(草にも気にも魂があるという思想)の現れなんです。たとえば、建物を建てるときには木を使いますね。すなわち、木の命をいただくということです。その木にも、いい木と悪い木があると、昔の人は考えました。良い木を選んで、その木を柱にすると家の人は幸せになるし、工事もきちんと完成する。家も長持ちする。仏教が入ってくる以前からの古代信教の中にあるんです。良い行いをすると良いことがくる、悪いことをすると災いがくる。仏教思想とも関係していますね」。
「その中でも、和魂(わぎだま)と荒魂(あらだま)という考え方がありまして、善玉と悪玉のことをいうのですが、和魂が宿っている草木とは何だろうと考えたとき、どうやら昔の人は、薬草にそれが多く宿っていると考えたんですね。では、その薬草を周りに植えたらいいのではないか……それが、垣根になるわけです。けれど、垣根や木も冬は枯れてしまいます。そこで次に、その草木のエキス、つまり、その魂をいただいて、染付したらいいのではと考えた。染付して、それを一本一本織っていったらもっといいのでは……そう考えたのが、実は紬なんです」。

 

 

 

 

さらに、着物は単なるファッションではなく、全てに意味があるのだという。「たとえば、主人は胃が弱いからと、胃腸の薬草をもって紬を染める。また、鎧兜の甲冑の色には紫と赤がありますが、これは、茜、紫根で染めると決まっていた。この紐には傷口の殺菌性があり、応急処置ができたんです。このように、昔の人は、色を出すためだけではなく、健康や思想的なことや、和魂がつくようにと、そんなことを考えていたんです。これは日本に限った話ではなく、全世界の女性の織物に、そういう優しい気持ちが込められているんですよ」。

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「成人式のお嬢さんだって、いろんな人たちの気持ちがあって成長しましたという感謝の気持ちを表す意味で、振袖を着るわけですね。そういう儀式のようなものがどんどん廃れていっていますが、こういう話を聞いてもらうと、そうだったのかと、みんな喜んでくれる。そうすると、お父さんお母さんに対する気持ちも違ってきますし、またさらにそれでおじいちゃんおばあちゃんとか、家族の思い出になるわけです。そんなことを感じているわけです。着物には、生活文化というか、当時の生き方というか、思想というか、そういったものが盛り込まれている。こういった素晴らしいものを伝えていきたい、そう強く思うわけですよね」。

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