特集の傍流

2016.6.10

出羽三山の雄大な自然が育んだ信仰の地へ。

2016年7月号(141号)いざ、癒しの地へ。
羽黒山、山形県鶴岡市羽黒町観光協会(いでは文化記念館内)
鶴岡市羽黒町手向

羽黒山は、古くから山岳修験の地として知られる出羽三山の一山だ。三山の中でも「現在の世」を表し、現世利益を叶える山とされ、今も多くの参拝者や観光客で賑わっている。

 

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崇峻(すしゅん)天皇の皇子である蜂子皇子(はちこのおうじ)が、現世を生きる人々を救う聖観音菩薩を祀ったというこの山は、三本足の霊烏に導かれた皇子が羽黒山に登拝し、羽黒権現を感得して山頂に祠を創建したのが始まりという、開山にまつわる言い伝えがある。そして、そのほかにも実に様々な言い伝えが残っているのだ。その中の、参道の石坂にまつわる現世利益の話をご存知の方も多いかもしれない。そんな、様々な願いが託されてきた地を、編集部で訪ねてみた。

 
 

羽黒山の表参道の石段に彫られた絵を、18個以上見つければ大願成就、
33個探しあてればどんな望みも叶う?!

 

羽黒山随神門

羽黒山随神門

 

編集部が羽黒山を訪れたのは、緑が目に眩しい5月下旬。入り口の随神門から山頂までの参道は約2キロメートル、石段の数は2,446段と、日本屈指の段数を誇る。

 

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継子坂を下り、参詣道を進むと、数々の社殿が現れる。

 

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祓川に架かる神橋。

 

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後ろ手に見える須賀の滝を右に、祓川を越える。

 

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石灯篭の笠は、まるで雪がつもるように、みっしりと苔に覆われていた。

 

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石灯篭そばの庚申塔。

 

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石にも様々な表情がある。

 

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石坂を登り始めるまでの景色も目に楽しい。

 

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樹齢千年以上の爺杉。その大きさもさることながら、どっしりとした佇まいには羽黒山の永い歴史を感じ、圧倒される。

 

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羽黒山五重塔。室町時代に建立されたというこの塔は、東北地方では最古の塔といわれ、1966年に国宝に指定された。

 

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五重の塔と、それを囲むように立つ杉の樹々。

 

清々しい空気と静寂の中、足元に注意しながら歩みを進めていくが、石のちょっとした傷さえも絵に見えてきてしまうから困ったものだ。足元ばかりに気を取られて、特別天然記念物の杉並木をじっくり見られなくなってしまうのも惜しい。

 

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高さや太さを競うように、樹齢350~500年の杉並木が続く。

 

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樹々の数は400本以上といわれ、国の特別天然記念物に指定されている。

 

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遥か遠くまで石段が続く。

 

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羽黒山の杉並木は、日本の観光地を星付きで評価する「ミシュラン・グリーンガイド・ジャポン」にて、3つ星に選ばれている。

 

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苔に覆われた杉の樹。そこから感じる永い年月に想いを馳せる。

苔に覆われた杉の樹。そこから感じる永い年月に想いを馳せる。

 

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表参道には、一の坂、二の坂、三の坂と、三つの坂がある。 中でも二の坂は「油溢し」とも言われ、武蔵坊弁慶が、あまりの勾配に奉納する油を溢してしまったと伝えられるほど急で、三坂の中で最も長い。

 

石坂を登っている間は無心になり、余計な考えや雑念が消えていくのを感じる。そんな中、視界に絵図が入ると、はっと足が止まり、多少なりと疲労が浮かんでいるはずの自分の表情が、ふっとほころぶのが分かる。ところで、なぜこれらの絵図は彫られたのだろうか。

 
 

石段を踏みしめながら、当時の人々の心を思う。

 

編集部が見つけることのできた絵図。中には文字や天狗や山伏といったものもあるが、こちらは数には入らないとのこと。

編集部が見つけることのできた絵図。中には文字や天狗や山伏といったものもあるが、こちらは数には入らないとのこと。

 

地元である、いでは文化記念館内の「山形県鶴岡市羽黒町観光協会」に話をうかがうと、これらの絵図は江戸時代初期に、天宥別当(てんゆうべっとう)が石段を敷いた際、足元に気をつけて登れるように彫られたものだという。

 

参詣道の入り口近くにある「いでは文化記念館」は、出羽三山の歴史や文化の紹介と、修験道を研究するための博物館だ。

 

天宥別当は、17世紀の羽黒山執行・別当として最高位についた僧である。羽黒山ひいては出羽三山の再建を願い尽力するも、讒言(ざんげん)にあい島に流され、82歳の生涯を閉じている。かの松尾芭蕉も「おくのほそ道」の旅で羽黒山滞在中に天宥を偲ぶ句を残すなど、羽黒山中興の祖として名高い。

そんな彼が、約2キロメートルにわたって一枚ずつ石を敷き、さらにはそこに33個も絵図を彫ったその苦労を思うと、一段一段を踏みしめながら、大事に登りたくもなるというものだ。

 

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羽黒山頂の中心に建つ「三神合祭殿」。羽黒山、月山、湯殿山の三神を合わせて祀っている。

 

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社殿は茅葺木造建築となっている。2000年、国の重要文化財に指定された。

 

見つけると願いが叶うといわれる絵図の数は18や33とされるが、この数は聖観音菩薩に関係する。というのも、聖観音菩薩の縁日は毎月「18」日で、観音様は「33」のお姿に変化すると言われているからだ。絵図の数には、観音信仰による考えが秘められていたのだ。

 

参道の中間地点にある、江戸時代から400年も続く二の坂茶屋の方に、石段の絵図について話をうかがっても、「見つけるのはなかなか大変です」とのことだった。

 

二の坂を登りきったところにある「二の坂茶屋」。名物の「力餅」の字に、疲れていた心が躍る。

二の坂を登りきったところにある「二の坂茶屋」。名物の「力餅」の字に、疲れていた心が躍る。

 

中にはお土産屋もある。

中にはお土産屋もある。

 

オススメだという、あんこときなこの力餅と抹茶のセットをいただく。

オススメだという、あんこときなこの力餅と抹茶のセットをいただく。

 

麦茶の湯呑みには、味わい深いイラストが。

麦茶の湯呑みには、味わい深いイラストが。

 

茶屋から見下ろす庄内平野。

茶屋から見下ろす庄内平野。

 

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登る動機は何であれ、自然や風土に育まれた精神文化に思いを馳せ、自分の心身に耳を傾けるというのは貴重な体験だ。

羽黒山は通年開山しているが、雪が降る頃になると危険なため、登山や参拝は4月下旬~11月頃までがお薦めだ。ぜひ一度、訪れてはいかがだろうか。

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