特集の傍流
暑さが厳しい季節に楽しみたくなるかき氷。 その主原料である「氷」を作るプロを訪ねる。
株式会社 赤塚製氷 専務取締役 赤塚弘行さん
株式会社 赤塚製氷(天童市東本町)
7月25日が「夏氷の日」であることをご存知だろうか。
夏氷とはかき氷のこと。「な(7)つ(2)ご(5)おり」の語呂合わせと、1933年のこの日に山形市で最高気温40.8℃が記録されたことに由来し、日本かき氷協会が制定したものだ。
2007年に上記の最高気温の記録は塗り替えられてしまったものの、74年間という長い間、この記録を保持していた。
説明するまでもないのだが、山形県の夏はとにかく暑い。いつもよりも「氷」にお世話になるこの季節、山形で氷を作る氷屋さんの話を訊いてみた。
山形の氷を作る老舗が受け継ぐ、流汗悟道の魂。
株式会社赤塚製氷は、山形県天童市のほぼ中心部に位置する。「氷を通して、皆さんに笑顔になってもらいたいです」と微笑むのは、五代目である専務取締役の赤塚弘行さん。
創業は明治41年。四代目である赤塚弘実社長の曽祖父が、現在の天童市津山地区の村長だったとき、農家の冬の雇用創出を兼ね、北海道函館市で作られていた天然氷のブランドである函館氷を学んできた。この経験を元に山から水を引き、天然氷を作ったのが始まりだ。

絵画にて残っていた、創業当時の風景。
人為的な冷却技術が登場するまで、氷は唯一の冷却材であり、大変な貴重品だった。しかし、冷蔵庫の登場により冷却技術が家庭にも普及し始めると、製氷業者への需要は限られてきた。基本的に夏季限定の職業である上、設備や電気代などの莫大な経費がかかる製氷業者は時代と共に減り、氷の標準規格である135キログラムの氷も県内ではほとんど作られなくなってしまった。生き残りが容易でなくなってきたのだ。
そのため赤塚製氷では、経営の拡大を図った。オブジェクトとしての「見る」氷や、製氷店であることを売りにした「氷屋のかき氷」の販売に力を入れるなど、氷に付加価値をつけた意欲的な経営展開を始めた。社長や専務自ら汗を流して店頭に立つなど、その根底には、流汗悟道の魂を継承し、様々な考えを元に、時代のニーズと共に変化していくことを大切にする姿勢がうかがえる。

工場にて、氷の作り方を見学。写真は、氷の標準質量である「1本氷」を作るアイス缶(角氷器)に水を張っているところ。回転させながら流れを作ることが純度の高い氷を作るコツだ。

角氷器の内部を、パイプで送りこんだ空気で撹拌しながら、−10℃ほどの温度で3〜4日かけてゆっくり凍らせる。その後、一定の温度の下、2〜3日寝かせられる。 角氷器で作る氷の重量は135キログラム、高さ約1メートル。この規格で作られた「1本氷」は、全国の製氷業で通じる氷の標準質量になっている。

運び出された氷は、表面を綺麗に洗い流される。

カッティングマシンで、加工しやすいサイズに氷をカットしていく。大きな氷からカットしていくと、氷は溶けにくい。

かき氷用の氷は、4つのブロックに分かれるように切り込みをいれる。かき氷用の氷として、1日で24本もの1本氷を作るという。

写真は丸氷の加工風景。氷を左右から球体状になるようにくり抜いた後、ハンマーで抜き、表面を綺麗に整える。

写真は角氷の加工風景。我々もスーパーなどで見たことのある、鮮魚の保冷用などに使われる氷となる。

赤塚製氷では、角氷、ダイヤアイス、かちわり氷、丸氷、カット氷、クラッシャー氷など、用途に合わせ、良質な純水を加工して提供している。他にも、結婚式などのイベントでは、花などを氷の中に閉じ込めた大型オブジェの制作にもオーダーメイドで応じている。

赤塚製氷が販売する「ふんわり五代目かき氷」は、 口コミやSNSで人気が広がり、連日、店舗は多くの客で一杯になる。今年5月、店舗を新たに「Ice café 弘水 -KOSUI-」をオープン。かき氷のほか、ジェラートやソフト、アイスコーヒーも取り扱っている、まさに「アイス専門店」だ。
地元に根ざした製氷業者の「これから」
製氷業者としてのこれからについて、「社会貢献をしたいですね」と赤塚さんは語る。現在も、アイシング用の氷をプロサッカーチームのモンテディオ山形と、プロバスケットボールチームのパスラボ山形ワイヴァンズに無償で寄贈することを検討するなど、地域の活動に積極的に取り組む予定だ。地元に根ざした企業だからこそ地域の力になりたいという想いを覗かせてくれた赤塚さんは、現在31歳。「この業界は若い人が少ない。そのイメージを変え、そんな方々にとっての、憧れの職業になりたい」と意気込みを語る。業界を盛り上げていきたいという、冷たい氷に込められた熱い想いは、これからも受け継がれていくだろう。
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