特集の傍流

2016.9.7

置賜の独特の食文化を残した子孫の地から。

2016年10月号(144号)置賜の干し物。
上杉伯爵邸 総料理長 朝倉輝良さん
上杉伯爵邸(米沢市)

大きなお屋敷、手入れの行き届いた美しい庭園。通された部屋は奥座敷、決して広くはないが、ここで一体どんな話をしていたのだろうと窺わせるような、ちょうど良い空間、そして窓を挟んで囲む庭の景色。この日はあいにくの大雨だったが、濡れた庭園というのも、またどこか趣を感じる。

 

「上杉伯爵邸」は明治時代に上杉家最後の藩主、上杉茂憲伯爵の本邸として建てられた。その後、大正時代に焼失し、その後再建された。焼失前は、もっと広かったというこのお屋敷は、公民館として市民に利用されるようになり、昭和54年に現在のような飲食店が始まった。茂憲伯爵の先祖であり、ジョン・F・ケネディ元大統領も尊敬した米沢が誇る偉人、上杉鷹山公。彼が救荒食として推奨した「かてもの」を味わえる館として現在に至っている。

 

上杉家14代茂憲(もちのり)伯爵邸。東京浜離宮に依って造園された庭園を眺めながら、鷹山公由来の米沢の郷土料理「かてもの」を食せる登録有形文化財だ。

 

4代目総料理長の朝倉輝良さんは、料理長を務めて7年になる。長井市出身の朝倉さんは、実家が蕎麦屋を営んでおり、そこから料理人という道を選んだそうだ。東京の天ぷら屋で料理人をしていたが、その時知人の紹介で、この上杉伯爵邸と出会った。米沢の郷土料理を中心に提供しているこのお店。朝倉さんは「初めは私も郷土料理なんて興味ありませんでした。」と少し苦笑いを浮かべながら話す。しかし、たくさんの郷土料理を研究し、厳しい先輩方からその伝統を受け継ぎ、この伯爵邸の料理長を務めるに至っている。平成15年に「第一回醤油名匠」に選ばれるほどの実力の持ち主だ。

 

米沢郷土料理「かてもの」に欠かせない食物のひとつ、くきたち干しとひょう干し。仕入れ先はもちろん地元米沢だ。

 

「最近の家庭では、郷土料理は本当に作られなくなっています。そのことが大変不安に思っています。私は米沢を自転車で巡るのが趣味なのですが、この土地は、他の場所にはない独特の美しい風景が多くあると感じています。それも減ってきていますが、失くしたくないものです。郷土料理も同じように、料理人として食文化を伝えていくためにも、お客様に提供し続けたいと思っています」。と語ってくれた。

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