特集の傍流

2016.10.11

東京ではなく山形で、イタリアの味をそのまま表現できる場所。

2016年11月号(145号)やまがたを選んだわけ。
IL COTECHINO(イル・コテキーノ):料理長 佐竹大志さん
山形市七日町

七日町の目抜き通りから小路へ、繁華街と寺町界隈の狭間にそっと佇むイタリア料理店「「IL COTECHINO(イル・コテキーノ)」へ。主に山形の食材を用いながら、イタリア北部の郷土料理そのままの仕立てで供する北イタリア料理店だ。店内にある大きな冷蔵棚には、店主手作りの肉加工品が豪快にぶら下がり、食材がぎっしり。店名に冠する自家製コテキーノ(イタリア語で腸詰の意味)をはじめ、ハムやや手打ちパスタなど、掲示されるメニューのほとんどに自家製の文字が。店主でありシェフの佐竹大志さんは上京後、イタリアに留学、その後山形に店を構えるというUターン経験の持ち主。イタリアや東京などで味を謳われた名店で多くの研鑽を積んでもなお、山形を選んだ理由は、なぜだったのだろうか。

 

 

大江町出身の佐竹さんは、実家が農家兼飲食店を経営。小さい頃から料理と身近にはあったものの、将来料理人になるとは思っていなかったという。高校を卒業し、なんとなく実家の飲食店を継ぐことになるならと、料理の専門学校へ通ったり、自分がやりたいことを見つけたいと上京したり。「本当にあの頃は何も考えなしにフラフラしてたんですよ」と意外なことに佐竹さんはそう話す。東京で生活をするうちに、ひょんなことから洋食に興味を持つように。フレンチ料理の世界に足を踏み入れるも、毎日雑用ばかり。上下関係の厳しさや、料理の価値観の違いなどもあり、長くは続かなかったという。だが、その後イタリア料理の小さなレストランで働くことになり、そこで料理に対する情熱が芽生えたという。

 

「イタリア料理にハマったんです。本当に面白かった。もっともっと学びたいと思うようになりました。」イタリア料理の虜になった佐竹さんは本場イタリアへ。約6年という滞在期間に10軒、様々な地方を渡り研鑽を積んだ。

 

「皿洗いくらいしかさせてもらえないと思っていましたが、イタリアは厨房に入った直後でも何でもさせてくれました。即戦力になるなら何でもやらせてくれるんです。それだけ人間関係が密なんです。ひとつ聞けば2も3も教えてくれる。そこが日本とはまったく違うところだと感じました。」

 

img_bo_145_0412

 

すんなりと受け入れられたイタリア生活の中でも、イタリアに行くきっかけにもなった三ツ星レストランだけは別格、許可をもらうまでに半年かかったという。「老舗の人気料理だけあって、簡単には働かせてもらえませんでしたね。何度も店にランチを食べに行ったり頼み込んだりしたんですが。でもどうしても諦めきれなかったので、帰れって言われるまでその店の前に居座ってやろうって思ったんです。そうしたら30分後くらいしてしびれを切らしたオーナーに、一ヶ月後になったらポジションが空くから、また連絡をよこせって言われたんです。それで念願叶って、そのレストランで働けることになりました。」

 

「本当に色々と変わりましたね。少数精鋭の店で有名人なんかも多く来店してました。クリエイティブな料理ではなく郷土料理を高めたものを提供していたのですごく勉強になりました。最初は本当に辛いこともたくさんありましたけど、最終的はシェフとは本当に仲良くなりました。〝私の息子〟なんて言ってもらえるくらい。そのレストランで一から肉加工品を作っている人がいて。もともと興味があったので、豚の解体から肉加工品づくりを学びました。」

 

そのうち、学んだ技術を生かして自分の店が出したいと思うようになり、イタリアを後にした。日本へ帰国後、まずは開店資金を貯めるための就職活動。だが、イタリアでいくら経験を積んでいても、日本ではコネがないため雇ってくれる店はなかなか見つからなかったという。ようやく働くことになった、東京の飲食店で数年働くも、(生産者や食材が近くにない)都会の環境が自分には合わないという思いが日に日に増していったという。

 

img_bo_145_0424

 

「もともと東京に強いこだわりを持っていたわけではなかったんですが、店を構えるなら東京だな思っていました。でも、ミラノやフィレンツェ、パルマといった自然に囲まれた環境でイタリア料理を学んできたので、東京ではまったく料理のアイディアが浮かんでこなかったんですね。ビルがたくさんあって、人がたくさんの満員電車に揺られているうちに、何か違うなと。もし東京で店を出しても行き詰ることが目に見えていて、行き詰まっていました。そんな頃、父と電話していた時でした。『山形っていう選択肢もあるんだぞ。』と言われて、ハッとしました。そうか、山形があったなって。山形だったら私がしたい料理ができるかもしれないと気づきました。」そうして故郷である山形に戻り、七日町に店をオープンした。日本でシェフ自らが作ったハムといった肉加工品を出す店は稀だそうで、県内はもちろんのこと県外からの人気も集めている。

 

「山形は自然も豊かで四季をちゃんと感じることができます。一方で東京はいつでもどんな食材が手に入るので、四季が見えなくなっていました。だから料理が浮かんでこなかったんです。山形は生産者の顔が見えて、土の匂いも感じられて、肉の加工に適した空気も湿度も全て揃っています。イタリアにいた時と同じ料理ができる場所が山形だったんです。今ではここ以上の場所はないと思っています。」

 

イル・コテキーノ 佐竹氏インタビュー by SEQUENCE(寒河江)
“IL Cotechino” shop promotion from SEQUENCE on Vimeo.

関連記事

上へ