特集の傍流

2016.10.14

豊かな社会をつくる人材の育成を、ここ山形から行うということ。

2016年11月号(145号)やまがたを選んだわけ。
コンピテンシー・ベースド・エデュケーション協会 代表 千葉亮さん
山形市

「山形は東京の3倍以上、様々な価値が違うんですね」。岩手県で生まれ、東京都板橋区で育った千葉さん。彼が奥様の地元である山形市へIターンしたのは、今年の8月のことだった。「山形に来るきっかけを作ってくれたのは妻であることはあるんですけれど、妻がいるから山形に来ると決めたわけではなく、むしろ彼女は『なんで山形行くの?』って質問をしてきて(笑)。『雪あるけど大丈夫?』とか」。奥様からも山形へ行くことを不思議に思われてしまったにもかかわらず、千葉さんがこの地を居住地に選んだわけとは?

 

山形という土地に感じた、価値と可能性。

千葉さんが山形への移住を決めた理由は、まさに、前述したその「価値」だという。
「尾花沢西瓜ってあるじゃないですか。これを山形でいくらで食べるかっていうと、だいたい500円?1000円? いやいや、もらうでしょ(笑)みたいな。
東京駅でスイカがいくらで売られているかってご存知ですか? 3300円なんです。衝撃的ですよね。みなさんが当たり前に貰ったり食べたりしているものが、東京じゃそのくらいするんです。さくらんぼも、肉もそうですよね。山形では山形牛って一般的に流通してますけど、東京であのクラスの肉を食べようとすると、大体すき焼き用の肉とかだと100グラム880円とか、980円ですかね。それだけ、食べ物の金額が3倍以上高いんです」。
「あとは距離感。例えば、東京で妻と初めてスキーに行こうよっていったときに、妻が着替えてるんですよ。『何に着替えてんの』って言ったら『スキーウェアだ』っていう。『なんで?どうしたの?』って言ったら『当たり前だ』って言うんですけど、東京からスキーウェアを着て、新潟とかまでいくわけですよ(笑)。しかも、東京の人って(衣類の)下は普段着で、上に羽織るものをスキーウェアにしますけど、こっちの人は下がスキーウェアで、上が普段着っていう。そういう感覚の違いがあるくらい、自分と自然の距離が違うんですよね」。

 

「私はロードバイクをやってるんですけど、それまでにも、東京から山に遊びに行くというと2時間とか3時間とか、移動時間がかかってたんです。今は全然違いますね。自転車に乗りに行く時間が増えました。1時間あれば蔵王に行けますし、1、2時間大自然の中を走って帰ってくる。スキーも一緒ですよね。一泊二日でまとめて行くんじゃなくて、ちょっと行こうかなって荷物をまとめて行くみたいな。それだけ都市と自然の距離が全然違う。
馬見ヶ崎川がありますけど、だいたい、全国の県庁所在地でも、川遊びをするのに歩いて行ける場所ってないですからね。ほとんどの県に行っても、川遊びできるくらい綺麗じゃないです。都市の恩恵を受けながら、自然がすぐそばにある。こんなに素晴らしい環境はないなって」

 

取材場所は、山形市内の「CHOCOLATE Lab. YAMAGATA」内。仙台市から地元の山形市にUターンして独立したという、ラボの代表の佐竹さんと千葉さんはお知り合いとのこと。

 

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よくお二人で「CHOCOLATE Lab. YAMAGATA」へ“チョコりに”来ているという、千葉さんご夫妻。

 

「山形って、そういった食や自然との距離や人柄とか、資産をいっぱい持ってるんですよね。そういう資産がこれだけ集まっている県ってあんまりないですよ。社長排出率全国一位が山形県ってご存知ですか。なんで?っていうと、山形は元々、技術をちゃんとみなさん一人ひとりが一生懸命磨いて、それで輝ける人たちがたくさんいるからです。山形には、そういう可能性がいっぱいあるんですよね。人にも、農産物の一個一個にも、全部技術があるんです。そういうものが蓄積されてきてる。それこそ個々人で一生懸命やってきて、そういう良さが磨かれてきていたんです」

 

しかし、千葉さんは山形県民のシャイな部分についても指摘する。
「けれど、山形の人たちってPR下手なんですよ。一人ひとりが一生懸命頑張ってるがゆえに、一人ひとりが勝っちゃって、みんなでなにかやろうっていうのが苦手。役割を決めて、何かをみんなで大きく育てようっていうのが苦手なんです。それに気づいたとき、なんて勿体ないんだろうって思って。
すごい良いところがいっぱいあるのに、もっと大きくみんなで協力して何かをやるというやり方を知らないだけで。それを知ればもっと変わるんだけれど、そこに行けずにいる。そういうところがすごく勿体ないです。日本のよさをこう、凝縮した場所があるのに、それが世界的に知られてないということは非常に損失が大きいなと。じゃあ何か自分ができることは?と考えて。自分は仕事で何か新しいことを、何百億とか何千人という規模で組み上げてきて、どうやって仕組みを作ろうかといったことをずっとやってきた人間なので、これまでの自分の経験を山形の方と混じり合わせて、山形を世界に向けて輝ける場所にしていけたらと思って。それで、ああもうここで一生過ごそう、って決めたんですね」
そう語り、笑顔を見せる千葉さん。コンピテンシー・ベースド・エデュケーション協会(山形市幸町)の代表である千葉さんは、コンピテンシー教育を通じて、創造性豊かな社会づくりに貢献する人材の育成のため力を尽くしている。

 

コンピテンシーとは耳慣れない言葉だが、これは「社会人基礎力」のことで、一人ひとりが深く考え、行動し、複雑な課題に対応していく力のこと。自ら考えて行動し、未来を創る力を持つ人が増えるということが、山形のこれからを変えていくのではと千葉さんは考えている。
「山形が今抱えている人口流出などの問題は、その土地に魅力が感じられないとか、継ぐ人たちが継げるくらい(魅力や技術が)輝けていないということが原因なんじゃないかなって。ですから私は、新しいことをチャレンジしていけるだけの技術や、そういったものをお伝えすることで、時代を担う経営者一人ひとりが輝けて山形の未来を作っていけるような、その『行動する技術』を考え、その活用をお伝えし、トレーニングするということをしています。それによって山形をもっと輝かせて、さらに世界から注目されるような場所にしたいなと」

 

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気軽に来れる店がひとつあるだけで、(あたらしく住みはじめる)街と自分との距離はぐっと近くなる。

 

そんな千葉さんだが、山形にやって来た当初、このコミュニティに飛び込むとき、戸惑いや不安などはなかったのだろうか。
「コミュニティには、謙虚に飛び込む、それだけですね。(自分がその土地の人にとって)何者か分からないわけじゃないですか。何をやってきた人間なのかも分からない。今までやってきたことは、山形では関係ない。じゃあ、できることは何か。そうやって謙虚に接していくことで、みなさんも最初は構えて『よそ者が』ってあるんですけど、そこをだんだん『まあまあ、こっちおいでよ』みたいなふうに、なってくださる」
山形は土地柄もあるのだろうが、なかなか外の人を受け入れる基盤が弱い気がする。その受け入れる働きかけがもう少し増えればと思うのだが……しかし千葉さんからは「なくてもいいんじゃないかって思いますけど」と意外な返答が。
「あまり『外の人間ようこそ、どうぞ』ってもてなそうとすると、山形の良さって、消えていっちゃう。山形って一人ひとりが立ってるから、ちょっと閉鎖的になっちゃうんですけど、逆に『誰でもいいですよ』みたいになっちゃうと、一人一人がぼやけてきて、立たなくなっちゃう。そうすると、よそ者がぱっと来て『おれんとこでなにすっぺ?』みたいな雰囲気になっちゃうわけですね、そういう人たちからすると。だってそういう人たちは地元で一生懸命やってきたわけですから。その人たちのことを、よそ者が壊して荒らして、気持ちいいわけがないんですよ。それを良しとしようとすると、一人ひとりが立つっていうことを、やめなきゃいけなくなる。それは山形としては、自分はやっちゃいけないことだと思うんです。山形に来た外からの人は、そこのコミュニティに飛び込んで、自分がそこに馴れるしかないと思いますね」
その言葉が体現するように、千葉さんが山形に来て最初にしたことは「(奥様の)ご両親と酒を酌み交わす」ことだったという。
「そこからいろんなコミュニティに飛び込んで、酒を酌み交わすっていうことを続けてきたんですね。警戒心を解いて飛び込むと、すごい受け入れてくれるんですよ。(受け入れる側も)警戒しているから、余計にお互いに距離を置いちゃうんだと思うので。Iターンしてからは、人に心を開きやすくなったと思います。個人個人が立つコミュニティの中で、生きているという実感がありますね」
今まさに「未来を創る」仕事をされている千葉さんだが、自分の未来はIターンでどのように変化したと考えているだろう。
「それはまさに、生きてる実感が持てる、みたいな。おいしいものを食べて、確かに生活感が保てている、そういう実感があります。自然体で前に進めるっていう……ようやく人としての尊厳を取り戻したみたいな(笑)そんな感覚がしますね」

 

千葉さんの好きな言葉は「義」とのこと。「自分は恩義の中で生きていますし、今回、このように取材をいただいたのも義、仕事をいただくのも義だと思っています」。

 

早稲田大学の修士課程を修了し、外資系コンサルティング会社への転職を経て、保険会社に転職し、事業戦略、経営管理、業務改革などの企画を担ってきた千葉さん。彼はこれまでに、数百億円規模のプロジェクトを成功させ、企業を変革させた実績の持ち主でもある。

 

「偉くなりたいとか、昔はよく思ってたんですけどね。いっぱいお金稼ぎたいとか。でも実際にそういう立場を経験してしまうと、虚しいんですよ。できることが増えて、自分の一言で大きく動くようになって、お金も人もあって、自分が偉くなって給料を貰う。そればっかり考えて給料を求め続けて、何が楽しいんだろうって。そこから自分にできることはなんだろう、役立てるのかな、なんていうことを考えて、職を選んできましたね。誰かのために、何かに役立ちたい。自分はそれを探してるだけですかね、ずっと。
だからあんまり、お金の面で成功したいって気持ちは無いんですよ。食べられればいい。もっと、お金じゃ買えないものを、と。そういうものをいかに求めていくかを考えた結果、ここにきたんです」。

 

「ですから、何に価値を置くかで変わると思いますね。今までってどうしても年収っていう、目に見えるお金の価値だけでみんな比較してきた。だから『地方は貧しい』、『都会は豊か』みたいな幻想が、すごい大きかったんですよ。
でも今や時代が変わってしまって、流通が発達して、ワークスタイルも変化しました。どこにいても仕事ができるんです。自分の好きな場所で仕事ができる。
東京で車に乗ると、1時間でどれくらい行けるかって知らないですよね?東京、10キロ行けないんですよ。花火大会に車で行くと、抜けるのにすごい時間かかるじゃないですか。東京はあれが延々続いてるんです。それを避ける意味でもみんな地下鉄を使うんですけど、じゃあ地下鉄はどうなのかって言うと、乗車率が200パーセントあるわけです。そういうことを全部考えて、本当に交通の便がいいだろうかって。そんな東京のど真ん中の狭いビルの中で仕事したいですか?って。別に山形でも仕事ができる。それは全国、全世界、変わらないですよね」

 

「あと山形はやっぱり、山岳信仰がすごく特徴的ですよね。宗派というわけではなくて、みなさんの風土に根付いていて。普段言葉に出さないし、意識してらっしゃらないかもしれませんけど、山がそばにある感じ。『お山が見てる』とか、『お山に守られてる』とか、そういう感覚ってなかなかつきませんよ。これはすごい大事なことだと思うんです。自然に生かされてるって、本来人間みなそうですけど、今は人が自然を支配しようとしてしまってるんですよね。そうではなくて、自然と共生するんだっていうことが、山形には山岳信仰という形でずっとあるんですよね。そういう風土があるからこそ、先ほどのような、もっとオープンになるべきじゃないかっていう意見は違うのではないかと思うんですよ。そういうものをどんどん壊していってしまうのではと」

 

首都圏での生活を経験し、自らの価値観と照らし合わせ、山形の可能性に奥深いところまで魅せられたからこその視点。そういう見方もあるのかと頷いていると、ふと破顔する千葉さん。
「もう、山形好きすぎて、わーって出ちゃうんですよ(笑)」
その笑顔には、湧き上がる情熱が確かににじみ出ていた。

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