特集の傍流
高橋延久さん、弓子さん
居酒屋ごりら(山形市七日町)
七日町界隈を通るたびに気になってしまう酒場。「ごりら」の絵が気になりつつも常連さんが多そうな店構えに入りそびれてしまったという人も多いのでは?暖簾をくぐり店に入ると、戦後まもなくに開店した当時と変わらないスタイル、そして雰囲気。
店の中はカウンターが6席と4人ぐらいが座れる小さなテーブルが置いてある程度で、この広さがなんとも心地いい。店奥には8〜10人くらいが入れる小座敷があり、「ばんどり」や水墨画が飾られていた。逸る気持ちをおさえつつカウンターに座り、米鶴純米吟醸(日本酒)の熱燗と名物の煮込みを注文。
活況が名残る、街角の酒場。
ガッタ(以下G):創業は何年ですか?
高橋延久さん(以下N):終戦まもない昭和21年に父親がこの場所で店を始めて、その20年後に私が継いだの。
G:当時、この辺りはどんな様子でしたか?
N:戦後から昭和40年代初めまで、この辺り一帯(現大沼山形本店から、東に延びる道路上に延びる区間)「七日町マーケット」があったんだ。間口一軒に三畳間くらいの小さいお店が繋がっていて最盛期には百軒もの飲み屋や寿司屋、たばこ屋が並んでいたね。
高橋弓子さん(以下Y):このあたりにキャバレーが3店あったのよ。「赤坂」とか「スワン」とかね。鶴田浩二さんや泉ピン子さんが来て歌ってたって聞いたよ。
N:現在のようになったのは昭和46年頃。道路が拡幅されて歩道ができ、うちの店がちょうど交差点の角になったんだ。

「七日町マーケット」が存在した当時の界隈の雰囲気を彷彿とさせる『ごりら』外観。

右上・左下:昭和40年はじめの七日町マーケット街。右下:昭和36年頃の住宅地図、当時の賑やかさが伝わってくる資料や写真を見せてもらった。
G:街の様子も変わったでしょうね?
N:人通りが少なく寂しくなったね。昔は残業が終わった後に飲みに来る人も多かった。街が整備されてきれいになったから繁盛するかと言ったらそうでもない。人がいなければやっていけないからね。
G:どんな常連さんがいる(いた)んですか?
N: 伴淳三郎(昭和のコメディアン・俳優)がよく来てたね。第一小学校の先輩だから。いつも煮込みと焼き鳥で飲んでいた。
Y:たまに若い人が入ってくると珍しくて「お店間違ってない?」って聞くと「ここにきたんです」って。そう言ってもらうと嬉しくなっちゃう。
G:SNSなどで見てくるのかもしれませんね。

味のある、壁のメニュー表は弓子さんが書いたもの。
「カレー粉かけた煮込みで、ビールが最高ったな〜」
G:人気メニューは煮込みと焼き鳥ですか?
N:4~5日かけて煮込む「牛すじの煮込み」だね。とろけるまで煮込んでるんだ。
カレー粉をかけて食べるのは親父が考え出した食べ方なんだ。カレー粉かけた煮込みとビール…最高ったな~。
(カウンターには「S&B」のカレー粉が。カレー粉をかけて食べるとまた格別!)
G:ごはんが欲しくなりますね。
N:「ごはんがほしい」というお客さんには「買ってこい」って言うんだ。「焼酎飲みたいっけ」というお客さんにも「うちは酒とビールしかないから買ってこい」って。(笑)
Y:焼き鳥のタレは創業時からのもの。たまに「そのタレ譲ってくれ」というお客さんがいるけど、からさないようにつぎ足しながら受け継いできたものだから、そうはいかないのよね。

長年つぎ足しのタレで焼く焼鳥とともに、地酒の熱燗をいただく。

味も設えも、昔からなにも変わらない、いや、変える必要がないのである。
G:「そのほか気分次第」というメニューが気になります。
Y:この人、気分屋だから。(笑)
N:刺身をだしたり、餃子をだしたり、その日の気分で。店が終わってから他の店の人が来るとラーメン食べさせたり。
Y:ここ30年、値段もほとんど変わってないの。計算できなくなったし、面倒くさくて変えてない。消費税の計算も大変だし。(笑)

今でも会計の時は五玉のそろばんを使っている。
G:ごりらの絵がインパクトありますよね!
N:叔父が高橋東山(とうざん)っていう水墨画の絵描きで、ごりらの絵も描いてくれたんだ。
Gでも、なぜ、ごりらなんですか?
Y:お姑がごりらに似てたからだって。(笑)
N:親父が“なんていう店名にしようかな”と何気に振り向いて見た時の女房の顔がごりらに似てたんだって。(笑)

店内の随所に、上山市出身の故高橋東山の絵が飾られている。
G:店閉まるの早くないですか?
Y:自分が酔っぱらうと閉めちゃうのよ。
N:「明日早いから寝るぞ!」っていうと、お客さんのほうが「閉店だな」とわかってくれてる。(笑)
(…と話す、延久さんの右手には日本酒の入ったコップが!)
先代から延久さんと弓子さんが引き継いだのが50年前。道路の拡幅によって来年を目処に店を閉めてしまうという。街の歴史や人情が映し出されたシンボル的酒場は、いついつまでもこのままあってほしい、と願うのはわがままなのだろうか。
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