特集の傍流

2018.3.10

技術研鑽できる絆の深さ、それこそが山形地酒の強み。

2018年4月号(162号)やまがたの日本酒と蔵人。
山形県酒造組合 小関敏彦さん、鈴木啓市さん、仲野益美さん
山形県山形市

 今年2018年の5月に、山形で開催されるインターナショナル・ワイン・チャレンジ(IWC)。世界で最も大きな影響力を持つといわれる、世界最大規模の酒類品評会の開催が及ぼす影響は計り知れないものがある。日本食の人気が高まり、日本酒の認知度や品質が高くなる中、世界中の愛飲家が「山形」というブランドに注目するからだ。「チャンピオン・サケ」の称号の行方も気になるが、一般の人の試飲も検討されているということで、今から期待が膨らむ。

 

品質の高みを目指して始まった、ブランディング化。

「20数年前の山形の酒と言ったら、決して品質の良いものではありませんでした」。そう語るのは、山形県酒造組合特別顧問の小関敏彦さんだ。当時は、酒造りの基本となる米も酵母も未熟なものだった。作れば売れるという時代はとうに過ぎ、杜氏のいなかった山形県全体で酒の品質向上を目指し、研究開発が始まったのがおよそ30年前のことである。

 

県産酒を前に説明する小関さん(写真右)。

 

 小関さんは語る。「杜氏集団の良い点は、経験を全員で固く共有できるところにあります。成功のためのノウハウがその地に数多く集まることもあって、彼らの存在は尊重されたんですね。山形県の酒造りは自動的に内製化へと向かいましたが、そこに何が足りないかといったら、杜氏集団にあるような〝経験を全員で共有できる機会〟がないわけです。そこで、昭和62年に『山形県研醸会』を作った。それが成功したわけです」
 その結果、ここ20年で、山形県の酒の味や技術は劇的に変化した。
「当時の若い蔵人たちが、様々な技術をすぐに吸収することができたという部分も大きかったと思います。タイミング的なラッキーがたくさんあったんですね」

 

常務理事の鈴木啓市さん。

 

山形生まれの日本酒が認められた世界市場。

 酒処といわれる他府県と比べ、山形には突出して大きな酒蔵が無かったことも、県として足並みを揃えやすかった要因だったという。さらに山形県工業技術センターの研究開発も高品質化の後押しをしたことはいうまでもない。酒造りに適した雪国という地理的な好条件を活かし、蔵人たちの目はすでに、世界に向けられている。
「山形の酒は、国内の鑑評会はもちろん、海外でも連続で金賞を受賞し続けるなど、高い評価を得ています。ミラノ万博に出展したことをきっかけに日本酒に火がついたのですが、やはりイタリアからは、日本酒の酒造りを体験したいと来日されますね。あちらの方も、カビや麹やアミノ酸について詳しくて、びっくりしたんですよ」と語るお二人。我々日本人が思っている以上に、日本酒は〝cool〟だということだろう。
「地道な技術研鑽の蓄積が花開いたことで、GI獲得に至り、IWCの開催も決まったのだと思っています。IWCが国内で開かれるというだけでも凄いですが、その中でも山形に決定したということは、やはり山形の評価がダントツだからですかね」と、お二人は嬉しそうに語ってくれた。

 

日本酒の銘醸地として世界へ山形を響かせるために。

 山形県内には53もの酒蔵がある。これは新潟、兵庫、福島に続く国内有数の規模だという。なかでも山形県の酒蔵は独自の発展を遂げてきた歴史がある。その歩みと山形地酒の魅力について、山形県酒造組合の会長の仲野さんに話をうかがった。
「昭和48年をピークに、国内の日本酒消費量は下降し続け現在は絶頂期の3分の1以下となりました。そんな現状において我が県の酒蔵は大変健闘していると言えます」

 

山形県酒造組合会長(出羽桜酒造株式会社社長)の仲野益美さん。出羽桜美術館にて。

 

「全国的には普通酒が出荷量の約70%なのに対し、山形県は大吟醸、吟醸、純米などの特定名称酒に強く、出荷の7割を占めています。それだけ各蔵が鍛錬を重ね、良質かつ良心的な商品を市場に送り出しているということですね」

 

酒米を蒸している様子(出羽桜酒造にて)。

 

仕込みの様子(出羽桜酒造にて)。

 

「また、原料開発に尽力している点も我が県の特徴です。山形県工業技術センターの指導のもと、山形初の酒造好適米・出羽燦々が1997年に誕生しました。以来、出羽の里、そして2017年には待望だった大吟醸に適した雪女神がデビューし、30年以上の歳月をかけて地域色のある酒造りを進めてきた活動がGI山形の認定にもつながっています」
 県単位によるGI認定は国内初の快挙。「ワインのボルドーやシャンパーニュのように、日本酒といえば山形と認知されるよう広めていきたい」と仲野会長は今後の展望を話してくれた。

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