特集の傍流

2018.8.7

老舗仏壇店と、山形ビエンナーレのかかわり

2018年9月号(167号)山形の芸術祭
長門屋 代表取締役 笹林陽子さん、取締役 山口雪江さん
山形県山形市

 9月1日より開催される、みちのおくの芸術祭「山形ビエンナーレ2018」。その開催を前に、面白く変化している街の様子を散策する今回の特集「山形の芸術祭」。まずはこちら、創業百年を超える仏壇仏具の専門店『長門屋』(山形市七日町)から。

 

『長門屋』外観。

 

広がる縁を大切にする、老舗仏壇店の試み

 もともとは漆器を製造・販売していた『長門屋』。目を引くお城の形で知られるが、その敷地内には寺院の本堂になっている蔵と庭園、そのほかに2つの蔵があることを知る人は少ないのではないだろうか。

 

『長門屋』敷地内にて。

 

 それらの蔵のひとつ、『ひなた蔵』。長い間、漆器や仏壇の保管場所として使われていたが、現在の代表である笹林陽子さんへの代替わりをきっかけに、中を整理し改修を始め、人が集えるスペースに生まれ変わった。

 

昭和10年頃に建てられたという『ひなた蔵』。昔ながらの調度品が並ぶ中、中央にはオリジナル木工家具店「TIMBER COURT」(山形市七日町)によるテーブルが置かれている。

 

蔵の中は涼しく、静かで穏やかな時間が流れる。

 

「それまでは、家や蔵のことは、父や祖父など、直系の男子の後継ぎがやる仕事でした。仕舞われていたお雛様を出してきて飾るのもそのひとつだったんですが、子どもの頃は、大事なものがたくさんあるから触っては駄目だよとか、こうしたお蔵の中にも行っては駄目だよと教えられていましたね。それで、悪いことをするとお蔵に入れるぞ、と言われて。私の弟は入れられていたんですけど、私は絶対に入れられたくなかったので(笑)、怖いところでしたね。ここはもともと裸電球で、もっと重い扉で、真っ暗だったんですよ」
 笹林さんはそう説明する。

 

「蔵に対しては、自分の家の一部なのに、そうでないような感覚を覚えていましたね」と笹林さん(奥)。隣でその言葉を静かに聞いている、笹林さんのお母様であり取締役の山口さん(手前)。

 

「私は東京に住んでいた時期もあったんですが、山形戻ってきてから、父が亡くなったときに、何がどこに仕舞ってあるのか、お雛様は一体どこから出てくるのか、もう分からなくなってしまうということで。母も分かっていないところがたくさんあったんです。なんとかしなくてはいけないと少しずつ整理を進めて。父が年を取ってからは、綺麗だった庭もなかなか手がかからなくなってしまって、鬱蒼となってしまっていて。そういう、いろんな片付けをするというところから関わるようになっていったんですが、せっかくお雛様があるなら、そういうものが好きな人に来ていただいたら楽しいかもしれないなと思ったんですね」
 笹林さんは続ける。
「飾るなら茶の間ではなくて、今までのようにこちら(蔵)に飾れば好きな人も喜んでくれるかもしれない。それで、お店に来た方に〝ちょっと寒いですけど、今飾ってるんです〟と伝えて。すると、雛人形にすごくお詳しい人もいたり、自分の家にも蔵があって、そこにお雛様があるんだけれども何年も出していないんだとか、その方の子どもの頃のお雛様との思い出だとか、お雛様をきっかけにいろんな話が引き出されてきたんです。それはもう人それぞれで、すごく面白かったですね」
 そうして『ひなた蔵』を開放したことで、阿弥陀如来像が安置されている敷地内の『慈光明院』の存在を知る人や、店内を訪れる人も増えたといい、「最近は街の人の流れに変化を感じます」と話す笹林さん。

 

厳かな空気が漂う「瑞照山 慈光明院」は、天台宗の寺院。1950(昭和25)年に初代店主によって開山された。御本尊は、「木造 阿弥陀如来座像」で、県指定有形文化財になっており、土蔵造りの本堂は平泉の中尊寺金色堂を模して造られている。

 

『慈光明院』の扉は、普段は閉められているが、その状態でも参拝ができるよう、小さな手持ちの燭台と蝋燭が供えられている。参拝者が来た際、扉はそのつど開けるようにしているという。

 

寺院の入口には獅子が。

 

「また、100円バスでたまたま街なかにいらした方が、お雛様展の当日にその案内を見て、中に入ってこられて。そのとき、ちょうど蔵で写仏をやろうと検討していたんですが、それをいついつからスタートするので、良かったらいかがですかと、いろんな方にチラシを配っていたんです。そうしたら、その方がやってみたいと言ってくださって。それからというもの、初回から写仏に参加してくださっているんですよ。その後、仏具屋さんに知り合いがいなかったから、こういうことがきっかけで知り合いになれて、仏壇や仏具について聞ける人がいてよかったと言ってくださったのが印象に残っていますね」

 

自社に仏壇の工房もある長門屋。仏壇の修理の依頼も随時受け付けている。

 

 

 

「お雛様のときも、お仲間と一緒に来てくれたり、時々顔を出してくれるような、そんな方などもいらっしゃいます。こういうことは、お店を経営しているだけではできないことだなって。こうして別の面でつながっていくということは確かにあるなと思います」と笹林さん。

 

店内の様子。

 

 

リノベーションで意識の向かい方は変わる。

 現在は、仏壇仏具の売り場と、それに併設された寺院と蔵があるという独自の環境を生かし、仏壇や和のある暮らしを提案したいとの想いから、和の文化を楽しむ写経や写仏などのワークショップが定期的に開かれる場所になっているほか、地域活動のために提供されている『ひなた蔵』。今回の「山形ビエンナーレ2018」では、映像作家・写真家の茂木綾子氏の映像を上映し、映像詩を展示するスペースとなる。そもそも、ビエンナーレでこのスペースを提供することになったのには、どのような経緯があったのだろう。

 

『ひなた蔵』から庭を臨んだ様子。ワークショップでは写経のほか、オリジナルの提灯づくりなどが行われたことも。「その人がその瞬間に一緒にいた人や、周囲の状況に影響されて作品ができていくのがワークショップの醍醐味」と笹林さん。

 

「実はこの蔵で、お花のアトリエをやっている方が、お盆のお墓参りの花束を作って、お参りに行こうというワークショップを去年の夏にやってくれたんです。その方が、芸工大の宮本先生(東北芸術工科大学教授・主任学芸員であり、山形ビエンナーレのプログラムディレクターを務める)の教え子さんで。宮本先生も去年のお盆の時に、そのことを聞いて蔵を見にいらして。そこから、2018年の9月に3回目のビエンナーレを考えていて、街なかで少し、イベントや展示などをする場所を探していると教えてくださって。その際は、開催場所を大学と中心市街地にしぼるというふうに決めて、その場所を今、いろいろと探しているところだったというのが、そもそものはじまりでした。私たちもこの場所の使い方や生かし方を模索していて、少しでもお役に立てればと、どんなことがこの場所にマッチするかと、いろんなことをしてみたい気持ちがあったんです」と、笹林さんはスペース提供の背景を話してくれた。

 

「また、茂木綾子さんの作品のほかに、ハチ蜜の森キャンドルの安藤竜二さんの、蝋燭づくりの映画というのも、もうひとつの蔵で上映されるんです。それで、そのハチ蜜の森キャンドルの蝋燭も、長門屋で期間限定で取り扱いしてもらえませんかとお話があって。ちょっと一角にそういうコーナーを設けることになりました。そんなふうに、直接のつながりがなかった方とも顔を合わせて、うちのスタッフと監督さんと芸工大の方が、一緒に催し物に関わっていきましょうというのが、やはり楽しみですね」と微笑む笹林さん。
「それがどんなふうに地域の方に理解されて、今はまだ点になっているのが、線になったり面になったり、交流が生まれたりするのかということが楽しみです。ただのアートの祭典というのではなく、そのような見えない部分が変わっていく実感が大事なんじゃ無いかなと思いますね。
また、2014年の、最初のビエンナーレのイベントに行ったとき、文翔館が今までの印象を覆す場所になっていたのが驚きで。文翔館は、社会科見学で訪れたり、山形に来たお客様を案内したりする場所というか、純粋にわくわくしながら行く場所だという印象はなくて、昔の建物を見て勉強しにいく場所だというふうに、私は思っていたんです。でも、それを覆すような。建物自体は何も変わっていないけれども、手がけ方というか、意識の向けかたで、こんなふうに別の面で引き立つんだと。若い人や親子連れの方も、大勢が楽しみにしてくる場所に変身するんだという、新鮮な驚きがありました。ビエンナーレは街の見えかたやイメージを変えてくれるものだと感じましたね。芸工大関係の人が手がけると、自分たちの住んでいる街の見え方がこうなるんだなと。2016年の2回目のときは、2年の間に関わる人が点から線になってつながって、街の見えないところが育っているという感じを受けました。参加する人も場所も作品も増えているし、2年の間にこんなに光が当たるようになったんだなあと」

 

2016年、2回目の山形ビエンナーレのクロージングイベントとして最終日に行われた、いしいしんじ氏による「その場小説」。いしい氏が即興で小説を書き、それを受けて絵本作家の荒井良二氏がカラフルなアートを、作曲家・鍵盤ハーモニカ奏者の野村誠氏が音を奏でた。(写真提供/東北芸術工科大学)

 

「また、こちらの本は、今、芸工大さんにお願いしてお借りしている絵本なんですけど、今年の卒業制作展のときの、グラフィックデザイン学科の学生さんが作ったもので、精霊馬のナスとキュウリが日常にあるいろんな〝さかいめ〟を旅する内容で。とても印象深くて、お盆の時に紹介したら楽しいだろうと思ったんです」と、笹林さんは一冊の本を紹介してくれた。その名も『さかいめとらべる』。

 

東北芸術工科大学の学生・鈴木日向さんによる作品。現代では、お盆以外にはその姿を見ることのない精霊馬を主人公に、古来から現代まで、日本に幅広く存在する「さかいめの世界」を旅してもらう。ふとした瞬間、スイッチを切り替えたり、線引きしたりと、日常生活にひそむ「さかいめ」を伝えるためのツールとなっている。

 

「お盆という行事は、もう昔のものだと捉えている方や、休みだからどこに食べに行こうとか、そもそもの意味が抜け落ちてしまっている方もいらっしゃいます。でもこうして見ると、本当に昔ながらのことが書かれていて、頭が下がるような感じがしますね。そういう人と、お盆を知らない人が同じ時代に存在していて、互いのことは全然知らない。確かに、お盆などの風習はだんだん薄れていくものだということは、間違いなくあると思います。でもそれは決して昔の人だけがしていたことではなく、今も知っていたらできるということを知ってほしい。こんなふうに紹介されていると、その意味を知ることで、わざわざやってみるということが楽しみになるんじゃないかなと思うんです。この作者さんのような若い方がそうした部分を切り取って、今こうして作品を作ってくださったということもそうですよね」

 

 また、過去にもビエンナーレの様々な作品を目にされたという山口さん。「頭のなかにあるいろんなものを、ああして表現できるということが素晴らしい。私は驚きでした」と語ってくれた。
「荒井良二さん(山形県出身の絵本作家)の描かれる、絵ろうそくの絵が楽しみなんです。荒井さんが宮本先生と、お店とこの蔵にも来てくださったときは驚きましたね。それで、どの蝋燭にどういう絵を描くかという相談をしていかれて。荒井さんが描いた特別オリジナル蝋燭というのも、期間限定でお目見えするというふうに聞いております」と、我々にも新たな楽しみが増えた瞬間だった。

 

2年前の「山形ビエンナーレ2016」の際、ダイマス(山形市諏訪町)にて行われた画家・田中望氏の作品に圧倒されたと話す山口さん。それがきっかけで田中氏は、長門屋にも足を運ばれたという。

 

 『ひなた蔵』だけでなく、今回の山形ビエンナーレの舞台のひとつである山形市中心市街地の様子は確実に変わってきている。最後に、この街がどんな街であってほしいかをお二人にうかがってみた。
「街なかの建物が、どこもここも新しくなってしまうのは残念だなあと思います」と話すのは山口さん。その言葉を受け、続ける笹林さん。
「古いものには古いものの良さというか、手がかけられた分だけの価値や美しさがありますし、手をかけることで出てくる味は、新しいものでは出せないものがある。この蔵のように、全部が新しくなるのではないところが、山形市の独自性を出せる部分だと思いますし、そういう街づくりになるといいんじゃないかなと思います。以前、隣の宮城県の方とお話しする機会があったんですが、あちらはあまり古いものが残っていないそうで、その点では山形は奥深くて面白いですし、何が出てくるか全くわからないとおっしゃっていて。地元の人は案外その価値に気づいていないと。また、芸工大の先生など、外から来た方の話を聞くと、自分の育った街が価値のあるように感じられてくるというのはありますよね。地元は大したことはない、東京のほうがまだまだすごいっていう感覚がまだどうしても強いと思うので、外の方の話を聞くことでそういった目線をもつと、東京とはまた違った地域の文化や歴史が見えてきて、それをずっと守り続けてきた人々やその努力があって今があるんだなあという。いろんな方の話を聞いて関わるのは、そういう機会にもなっているなあと思います」

 

 
 映画の上映のほか、オリジナルグッズの販売も行われるという『長門屋』。仏壇店と芸術祭。一見、掛け算で組み合わさるのが意外に思える二つだが、従来のイメージにとらわれない発想が人のつながりを生み、その輪は広がり続けている。

「仏壇店は、用がないと入りづらい雰囲気があると思います。でも、蔵の開放によって気軽に足を運んでくださるかたが増え、今までになかったご縁をいただいています。今は塗蔵をリノベーション中で、新しい活用を考えているところです」と話す笹林さん。これからも、想像もしなかった掛け算を楽しめそうだ。

関連記事

上へ