特集の傍流

2018.8.8

かつての文化サロンと、山形ビエンナーレ

2018年9月号(167号)山形の芸術祭
郁文堂書店 店主 原田伸子さん
山形県山形市

 1933(昭和8)年に古書店として開店し、戦後は謡曲や文学全集の新刊本などを扱い、郷土誌を発行するなど、出版業も手掛けた『郁文堂書店』。店舗の奥にあった「郁文堂サロン」には、司馬遼太郎や真壁仁、結城健三、斎藤茂吉、真下慶治らなどの作家や文化人も集ったという。

 

郁文堂書店外観。アサガオがすくすくとツルを伸ばしている。

 

 2007年頃から閉店していたが、山形県出身の絵本作家・荒井良二氏と、東京でブックカフェ『6次元』を営むアートディレクターのナカムラクニオ氏から、2016年のビエンナーレの際にイベントでスペースを貸してほしいと声をかけられたことを機に、2年前のビエンナーレの際、最終日に1日限定でオープン。それを機に東北芸術工科大学の学生によるリノベーションが本格化し、クラウドファンディングで資金を集め、昨年復活を遂げた。

 

壁際の本棚には、ジャンルを問わない本がぎっしり。座ってくつろげるスペースや、県内作家の作品を展示・販売する棚もある。

 

ナカムラ氏が山形ビエンナーレ2016の際に作った小説集「ブックトープ山形」(左)は、山形の街なかを舞台とした話を収録しており、本を読んだ読者が街を歩くことで話を追体験できる仕掛けになっている。書店で読まれた本の感想が書かれたメモ帳(中央)とともに。

 

本を通して人々が交流する、かつての街なか文化サロン。

「ナカムラさんと荒井さん、おふたりに声をかけていただいた時は、何かお役に立てればという気持ちだったんです。でも、いざお店を開けてみると、まだまだこんなにお客様がおいでになってくれることがうれしくて」
 そう語るのは、店主の原田伸子さん。

 

終始、素敵な笑顔を絶やさずにお話ししてくださった原田さん。

 

「この店をリノベーションしてくださると聞いたときは、建物自体を新しくしてくださると思ったんです。でも、建物はそのまま活かすとお聞きして。最初は戸惑いもありましたが、『原田さん、この建物だからいいんです!』と馬場さん(※リノベーションのために活動したひとり、東北芸術工科大学教授の馬場正尊氏)がおっしゃって。そうなんですか、と思っているうちに、どんどん復活のためにいろいろな人が関わるようになって」

 

 原田さんがそう話すように、この店舗は、カウンターをはじめ、店内の造り、さらには壁に貼られた板も磨き上げられてこそいるが、建物自体に十分な耐久性があったため、そのままの良さを生かして復活することができたのだ。初めて訪れた人でも、どこか懐かしさを感じること必至のカウンターに座りながら、「今ではもう、後ろが窓になっているカウンターも珍しいんですよ」と原田さんは語る。この口調はどこかうれしそうで、誇らしげだ。

 

本棚や調度品も、もともとあったものが使われている。

 

郷土誌の発行も手がけていた当店。「市史」の文字が当時を物語る。

 

 リノベーションしてからというもの、店舗には、「何だろう」と興味を惹かれる人はもちろん、当時の面影や思い出を懐かしむ人も多数訪れる。取材日当日、実は定休日にもかかわらず店を開けてくださった原田さん。お話をお聞きしている最中にも、開け放たれたシャッターの奥には、近所の方や常連さん、道行く人が、次々に店の中を覗いたり、声をかけたりしていく。そのひとりひとりに、原田さんは笑顔で応えていく。

 

シャッターの奥に見知った人影が見える。路傍からは「今日もやってるんですか?」との声。地域に愛されている証拠だ。

 

「この歳になっても、まだお役に立てることが嬉しい。今回のビエンナーレも、さまざまな人とお会いできた、2年前の時のような感動や幸せを体験できることを楽しみにしています」と微笑む原田さん。

 今回のビエンナーレでは、山形県出身の版画家・ながさわたかひろ氏が、身の周りの出来事やニュースを描く「オレ新聞」の展示と滞在制作の会場になる。本に触れながら、作家の作品ができあがる過程をそばで鑑賞できる貴重な機会に、原田さんもワクワクの様子。

 

新しく本が持ち込まれて自分のお薦めを紹介する本棚スペースも生まれ、そこから新たな人々のつながりができ始めている。

 

 

「郁文堂書店」の下に、「TUZURU」の文字。さまざまな人との出会いや関わりを通して、これからどんな物語が綴られていくのか楽しみだ。

 

 郁文堂書店の今や、当店で行われるイベントやワークショップの情報は、ホームページ「郁文堂書店 TUZURU」にて公開中だ。
https://ikubundoutuzuru.wixsite.com/ikubundou

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