特集の傍流

2018.8.10

エリアリノベーションの、拠点として生まれた意義。

2018年9月号(167号)山形の芸術祭
株式会社マルアール 代表取締役 水戸靖宏さん
山形県山形市

 山形市七日町のシネマ通りにある4階建ての雑居ビルを改装し、2年前の2016年、市の新たな拠点としてオープンした『とんがりビル』。ビルには、さまざまなジャンルのショップや食堂、イベントスペース、魅力的なオフィスが集まっている。

 

『とんがりビル』外観。

 

3階にはシェアオフィススペースがある。

 

「アートやカルチャーをテーマに情報を発信し、人が来てくれる場所にしたい。そんなコンセプトを元に改装したんです」と話すのは、ビルを運営する「株式会社マルアール」の代表取締役、水戸靖宏さんだ。

 

『とんがりビル』の始まりは、2014年に行われた「山形リノベーションスクール」がきっかけ。それは不動産の再生を通じて、街での新しいビジネスを生み出し、そのエリアの再生を試みる実践の場だった。
「私は地元の不動産会社に長年勤めてきて、空室や空き家問題に対してずっと危機意識を感じていたんです」という水戸さんは、街なかに昔から存在している味のある建物を生かしたいと、東北芸術工科大学教授の馬場正尊氏とともに「山形R不動産」を始める。
 その縁から、「山形リノベーションスクール」の運営に不動産屋の人間として関わることに。その講師として、東北芸術工科大学教授の馬場氏と竹内昌義氏が入り、七日町や本町にある物件を取り上げてスクールを実施したという。

 

「どれも事業計画やリノベーションの内容が面白くて盛り上がったんですが、資金問題などに直面して、結局それらは実現できなかったんです」と水戸さん。しかし、リノベーションでこの街は確実に面白くなるだろうという気持ちはずっと残っていた。そんなある日、偶然このビルが空いているのを見つけたのだという。
「それからは、竹内さんと馬場さんと、これは自分たちで会社を作ってリノベーションをして、さまざまな文化や情報を発信するビルを運営するしかない、となって。こうしてマルアールができたんです」

 

普段はイベントなど、特別なことがないと行くことができない屋上を案内してくれた水戸さん。山形中心市街地を一望できる、新鮮さを感じさせてくれる場所だ。

 

 アートやカルチャーを発信することで人が集まり、そこで仕事もできる場所。思い描いた構想をもとに、デザイナーの小板橋基希氏(現在、とんがりビル2階にオフィスを構えるデザイン会社・アカオニの代表)と、相田広源氏(現在、とんがりビル4階にオフィスを構えるオリジナル家具制作会社・TIMBER COURTの代表)を誘い、マルアールは動き出した。
 水戸さんがビルのオーナーと交渉し、建物を一棟丸ごと借り受け、竹内氏が断熱の監修を、馬場氏がリノベーションの設計を、小板橋氏がロゴデザインやアートディレクションを、相田氏が家具や内装デザインを担当し、2016年2月、とんがりビルは誕生する。
 そうしてできたビルを盛り上げながら、マルアールのメンバーは彼らにしかできない街づくりのために日々活動中だ。

 

ビル1階の様子。人が座れるスペースに、ショップ、食堂、奥にはイベントスペースがある。

 

こちらは、山伏の坂本大三郎氏が運営する本屋&雑貨店『十三時』。様々な人からの選書や、ジャム・はちみつ、山仕事の道具や熊の毛皮など、自然の暮らしの中で使われていた品々や食品が並ぶ。

 

街を変える、最初の一箇所に

 水戸さんは語る。
「今までは、街なかにクリエイティブなことを発信する場所がありませんでしたし、丘の上に芸工大さんはあるけども、そこで何をやっているんだろうというのが、はっきりと街まで届いていない印象もあったと思います。けれども、こういうことをやっているんだ、ということがようやく丘の上から街に下りてきてくれた、街に落とし込んでくれる場所ができたと言ってくださる方がいると、とてもうれしく思いますね。
 馬場さんがお話ししてくれたんですが、エリアリノベーションという考え方があって。街にクリエイティブな拠点ができて、それに影響された点と点がつながって線になって、線がつながって面になって、そのエリアを変えていくという構想を実現できたら、街が元気になると。このビルは、その拠点の最初の1箇所になりたいと思ったんです」

 

実際、水戸さんが言うように、とんがりビルの周囲にはリノベーションされた施設が増え、みんなでつくる街づくりの姿が少しずつ見え始めている。

 

「私もクリエイティブな方々と関わることで刺激を受けていますし、今回のビエンナーレに関しては、中山学長(東北芸術工科大学学長であり、山形ビエンナーレの総合プロデューサーでもある中山ダイスケ氏)がおっしゃるには、前回も前々回も、ビエンナーレはすごく中身のあることをやっているのに、街の人はそれほど見ていないし参加していないと。大学がなにかをやるということに対して、そんなに喜ばれていないのではと思われたんだそうです。地元の人と一緒にやろうという感じが薄いのではと。やっぱり、そこにいる地元の人と一緒に作り上げなければ駄目だと。
 そこで、自ら商店街の会議で、〝ビエンナーレへご協力お願いします、みなさんと一緒にやりたいんです〟と言われたんです。やはり中山学長がおっしゃるように、ビエンナーレは作家さんだけでやるものではなく、地域全体でつくり上げるものだと思いますし、まさに町からしてみれば〝やっとあちらから下りて来てくれた〟という感じなんじゃないかと思いますね。中山学長も今、そういう気持ちでいらっしゃると思いますし、今までの感じを自分で変えていきたいとおっしゃっているので、とてもいい感じなのではないでしょうか。その考えには多くの人が反応してくださると思いますね」

 

1階のKUGURUでは、山形ビエンナーレ2018に向けたプレ展示が行われている。こちらは、いしいしんじ氏によって2016年に制作された『かゆい山』。

 

もう片方の面はこのようになっている。(展示は2018年8月10日で終了)

 

「アートはハードルが高いというふうに感じる人もいると思いますが、そう思われてはいけないと思うんです。アートなんて自分にはわからないと遠ざかられてしまっては、本当の意味でお祭りではなくなってしまいますし。私はビルの運営という立場で関わらせていただいてますが、このビル内でのさまざまな情報交換とバックアップを大事にしていて。学長の話にも共感しているんですが、ビエンナーレがアーティストやクリエイターの方が自分の作品を出すだけというのは、やはり物足りないので、やっぱりそこは、この町の芸術のお祭りだという捉え方で、なにかひとつでも町の人が、例えば隣に住んでいるおじいちゃんやおばあちゃんが、〝そこ見に行ってきたらなんかすごく格好良かった、綺麗だった〟というようなことを会話できるお祭りになればいいと思いますね。
 とんがりビルのギャラリーも、ハードルが高いとか入りにくいと言われてしまうことがあって、自分にはあまり縁がないというふうに思っている方っていらっしゃるんですよ。でもそれって、そんなことないんだけどな、と思うわけです。どんどん見に来てもらって、誰が作ったものかわからない、本当は有名な作家さんの作品かもしれないけれど、〝でもこの絵、すごく格好良いな〟とか、〝よくわからないけど、素敵だったな〟と思うことが大事なのではないかと。芸術祭として、せっかく山から下りて来て、町のなかで表現しているわけですから。そういう、心を少しでも動かしてもらうきっかけになってほしいですね」
 水戸さんはそう結んでくれた。

 

 今回のビエンナーレ2018でも、多くの展示やライブ&トーク、上映会/連携プログラムが行われる場所となる『とんがりビル』。アーティストやデザイナーとの出会いや、ビエンナーレへの参加を通して、人々の意識にも、確かに変化が生まれている。
 ところで、こうしてクリエイティブな体験や関わりを通して、もともとあった店や場所が変わっていった例を見ていくと、そのどれもが、人々に新たな関わりや楽しみを提案する場所、ひとつのコミュニティスペースの顔を持っていることに気づかされる。
 そのような創造的な場には、自ずと新たな楽しみや発見、出会いを求める人が集まり、そこでの体験が、これまでになかった人と人、人とモノの共鳴を生む。それこそがすでに、ひとつの〝アート〟なのではないだろうかと思うのだ。

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