特集の傍流

2018.9.5

イカ足を揚げただけなのに、なぜ惹かれてしまうのか。
げそ天の未知なる謎を追う。

2018年10月号(168号)やまがたのげそ天
山形大学 准教授 小酒井貴晴さん、山形県工業技術センター
山形県山形市

 げそ天を提供する蕎麦屋は、村山地方が突出して多い。ガッタ編集部で、山形県麺類飲食衛生協同組合に加盟している蕎麦店から無作為に選んだ約50店に聞き取り調査を行ったところ、村山地方87%、置賜地方13%、庄内・最上地方0%という結果に。
 調査した中では、庄内・最上地方でげそ天を提供している店舗はなく、村山地方の蕎麦店に10店行けば8店舗でげそ天を提供している計算になった。また、その値段は単品メニューの場合、平均303円。おおむね200円代から300円代が多く、比較的お財布に優しいといえるだろう。
 ちなみに、「天ざるや天ぷら蕎麦を注文した場合、げそ天が出てくる」、つまり天ぷら、イコール、げそ天という店舗を、山形県麺類飲食衛生協同組合に加盟している蕎麦店から無作為に選んだ約50店に調査。結果は約2割と、なかなか貴重な部類に入る模様。

 

 

山形のげそ天文化は、海産物が貴重品で、高級品だった名残?

 なぜ山形県の内陸部を中心に、げそ天を食べる文化が広まったのか。地域食産業に詳しい、山形大学准教授の小酒井貴晴さんにお話しをうかがうと、どうやらその歴史は江戸時代頃にまでさかのぼるようだ。

 

「おそらく北海道から日本海航路を経て、保存食としてのスルメが山形に多く入ってきたようです」と話す小酒井さん。当時、生イカが簡単には手に入らなかった内陸部。流通されたのは日持ちするスルメで、庄内から最上川を経て村山地方に運ばれたため、川の流域を中心によくスルメが食べられていたようだ。

 

小酒井貴晴さん:山形大学准教授(農学博士)。山形大学の学術研究院にて行われる様々な食物研究を、地域の活性化に活かしている。地域教育文化学部、理工学研究科を兼職。

 

 そのスルメの中で、なぜげそだけを食べたのかは分かっていないというが、「身の部分は、身分の高い者が食する一方、げそは庶民が入手しやすかったのではないかと推測されています」と説明する。今も昔も、イカげそは庶民の味方だったということか。

 

食品に含まれる成分が、人体にどのような影響を及ぼすかについても研究している小酒井さんは、食品成分表を頻繁にチェック。ちなみにイカの栄養素はどの部位でも同じだ。

 

「当時はスルメを水で戻してから調理し、天ぷらにしても食べていたと思われますが、当時からげそ天と蕎麦を合わせて食していたかは分かりません。現在のような山形のげそ天蕎麦の発祥についても、いくつか説があるようですが、これも文献として残っているわけではないので、詳細は不明なんです」とのこと。

 

以前、山形県のげそ天の歴史について、思いつく限りの関係者に聞き取りを行いながら、地域産業や文化と照らし合わせて調べたことがあるという小酒井さん。げそ天を店舗で見かけると、つい買ってしまうことがあるという。

 

 推測の域を出ない部分はあるが、それでも特に村山地方では、川で獲れる海老などよりもげその方が親しみやすく、食べたいと思う食材だったのではないかと小酒井さん。そのげそをいかにして美味しくしようかと、先人が工夫を凝らした結果がげそ天だという可能性も捨てきれない。

 

 なお、ガッタ編集部での調査では、庄内・最上地方の蕎麦店でげそ天を出している店舗は0%、置賜地方では13%だったわけだが、げそ天があまり食べられていない地域では、新鮮な生イカなどの海産物、または、ニシンや山菜などがよく食べられていたため、必然的に、げそを必要としなかったのではないかと、小酒井さんは解説してくれた。その証拠に、山形県内で食べられているヒョウ(スベリヒユ)も、山菜がよく採れる山奥の地域では食べられなくなることが、山形大学学生によるスベリヒユを使ったメニュー考案の際に判明している。確かに、「新庄カド焼きまつり」があるように、新庄方面ではニシンや、ニシン蕎麦のイメージが強く、山が深くなるにつれて山菜をよく食べる地域も増えてくるため、山菜蕎麦もよく出される傾向にある。
 なお、げそ天蕎麦は、炭水化物の蕎麦、タンパク質のげそ、脂質の天ぷらと、3大栄養素としてはバランスが良いと小酒井さんは解説。腹持ちも良く、昔から気取らずに食べられたことも、げそ天が文化として根付き、今も愛される理由なのかもしれない。

 

山形市長町にある「エンドー」のげそ天。以降の記事で登場するのでぜひチェックしていただきたい。

 

山形のげそ天は、どれほどカタいのか?

 噛みごたえがあり、足先が特に固そうなイメージがあるげそ天。ここでは山形県工業技術センターに協力いただき、同じ条件で様々な食品の固さを測定した。
 今回は、食べ物の固さや弾力、歯ごたえなどを測るのに使われている測定器を使い、直径3ミリメートルのプラスチックの棒を同じ速度で食品に突き刺し、突き刺さるまでにどのくらいの荷重や距離がかかったのかから、固さを割り出す。結果は、以下の通りだ。

 

げそ天 …… 2,584,572
 
サラミ ……2,839,113
 
かりんとう ……2,810,586
(※中心と端の部分を同じ数計測し、その平均を割り出したもの)
 
生イカ ……811,905
 
ソフトフランスパン ……507,946
 
ラ・フランス ……171,500
 
チーズ ……50,720
 
(同じ条件でスルメも計測したが、固すぎて値を算出することができなかった)
 
 単位はN/m2(ニュートン毎平方メートル)。1N/m2(ニュートン毎平方メートル)とは、1m2(平方メートル)全体に、1Nの力が掛かっている……ということ。1N(ニュートン)とは、1kg(キログラム)質量をもつ物体に1 m/ (メートル毎秒毎秒)の加速度を生じさせる力のことだ。
 そう考えると、相当な圧力が食品に加えられたことが想像できるはず。その中でげそ天は、実はかりんとう並みに固さや歯ごたえを感じるということが判明。ちなみに、時間が経ってもほぼ固さは変わらなかった。

 

 げそ天がここまで噛みごたえがあるのは、げそがイカの触手部分であること、つまり、獲物を捕まえるために巻きついたり伸び縮んだりする部分で、胴体の部分よりも筋肉が発達していることが理由として挙げられる。また、筋肉が多ければ多いほど、旨味を感じるアミノ酸も豊富に含まれており、さらには吸盤があることで必然的に表面積が大きくなるので衣や油もつきやすく、味の染み込みも良い。
 噛めば噛むほど美味しいげそ天。その美味しさの理由をこんなふうに知ってみると、少しだけ見方も変わってくる気がする。

関連記事

上へ