特集の傍流

2018.10.15

相互の交流が、自分の故郷を好きになることにつながる。

2018年11月号(169号)〝伊山交流〟と山形。
喜志枝 プラチディさん、トーマス プラチディさん
山形県山形市 ⇔ イタリア ペルージャ市

 イタリアと日本・山形をつなぐために活動する方々の想いを訊ねるインタビュー。最後となる今回は、イタリアの食品を日本、そして山形へ輸出しながら、双方をつないでいるご夫婦を紹介しよう。

 

愛するイタリアの食品を、故郷である山形へ。

 山形市出身の喜志枝(きしえ)プラチディさんと、旦那さんでイタリア人であるトーマス プラチディさん。ご夫婦は、トーマスさんの親族一同で経営する、オリーブ農園「Bacci Noemio(バッチノエミオ)」のオリーブオイルをはじめ、農園のあるウンブリア州(イタリア中部に位置する内陸の州)選りすぐりの食材を輸出しようと、昨年「プラチディ・インターナショナル」を設立した。

 

トーマス プラチディさん(左)/喜志枝 プラチディさん(右): ウンブリア州の真の魅力と、まだまだ日本に知られていない本物のイタリアを届けたいとの想いで日々活動中。ともにやまがた特命観光・つや姫大使。

 

ーーお二人がウンブリア州の食材を輸出しようと思われたきっかけは?

 

喜志枝さん(以下、喜):二人で食材を扱う会社を新しく始めようとなったのは、もちろん(トーマスさんの)おじいちゃんが立ち上げたオリーブ農園のオリーブを日本に紹介したいっていう気持ちがあったんだけども、結婚してちょうど10年目ということもあって、なにかひとつ、また新しいことを始めるのにいいかなと。おじいちゃんが3年前に亡くなったんですけど、101歳で亡くなったんです。そのおじいちゃんが日本に行ってみたいとか、自分が立ち上げたオリーブ農園のオリーブを紹介したいとずっと言っていて。

 

トーマスさん(以下、ト):ええ。ウンブリア州と山形って、すごく似てるんですよ。緑あふれる自然豊かな土地で。

 

喜:やっぱりペルージャ(ウンブリア州の州都)というか、農園があるウンブリア州も日本の山形も、国全体から見ればさほど目立たないマイナーな地方じゃないですか。だからこそ、本当に美味しい地元の食材を知って欲しいと思ったんです。

 

 バッチノエミオのエクストラバージンオリーブオイルは、国際大会にて2年連続でEXTRA GOLD「金賞を超える金賞」を受賞。実質、世界一に輝いた。日本輸入の際は価格競争の面で難しい壁にも直面したが、現在は都内や京都、東北各地の有名レストラン、そして山形県内でも、本物を求める人に愛されている。県内では山形市の「食品館256」、寒河江市の「GEA」、上山市の「名月荘」で購入可能のほか、通販サイトでも販売中だ。

 

バッチノエミオ:エクストラバージンオリーブオイル販売サイト 「naturale」
http://naturale.tokyo
(リンク先、新規タブで開きます) 

 

お二人が輸出を手がけているバッチノエミオのオリーブオイル(奥の2本)と、一つずつ丁寧にセレクトしたトリュフを加工したもの(手前の1瓶)。

 

 かつては声楽を学び、18歳で上京、その後、34歳の頃に語学の勉強を兼ねてイタリアへと渡った喜志枝さん。留学先のペルージャ外国人大学で勉学に励み、帰国後は歌を教えながらイタリア語の先生になることを思い描いていた。ところが、生きるか死ぬかという大きな病気を抱えていることが判明し、現地で手術や療養をするため、滞在が延びることに。
 手術はもちろん成功したが、もう二度とイタリアに来ることはないだろうと、最後に自分へのご褒美にと、老舗ファッションブティックでプラダのカバンを買って帰ろうと決意。実はそのお店こそがトーマスさんが経営する店舗だった。その出会いをきっかけにお付き合いを始めた二人はやがて結婚。まさに波瀾万丈、ドラマのような人生を送ってきた。

 

ペルージャへの留学はボールペンを倒して決めたという喜志枝さん。今思えば、その時点でペルージャに導かれていたのかもしれない。

 

 結婚後はファッションバイヤー、スタイリストとして日本の代理店と専属契約し、ヨーロッパと日本を往復する仕事に就き、ミラノ万博における、日本館での山形県出展の際は、テレビ出演して現地をリポート。また、通訳、コーディネーターとしても故郷である山形を現地に紹介。山形とイタリアをつなぐ活動が始まったのは、まさにここからと言える。
 現在もバイヤー業を継続しながら、食材を届ける事業を展開しているが、今までにも知り合った方々に食べ物関係の翻訳を依頼されたり、食関係のレポートをしたりすることが多く、「食への興味はものすごくあったんです」と喜志枝さんは話す。また、関係者をはじめとする、日本人のイタリアの食材に対する興味の深さも、肌でひしひしと感じていたという。

 

喜:それで、このオイルが賞を獲ったというので、日本のオリーブソムリエの方や、もちろん親族も、ずっと日本に売りたいと言ってくださってたんですけど、結局日本に紹介するとなると、橋渡しになるのは私じゃないですか。
私は自分の仕事もそれなりに充実しているし、たまにテレビでレポーターをさせていただいたり、雑誌の企画物のデザインなどをさせていただいたり、自分がイタリアやペルージャでやるべきことを自分なりに作り上げていたつもりだったので、これ以上何かするという必要はないのかなと、当初は思っていたんです。
でも、おじいちゃんが亡くなった後、山形に帰ってきたときに、山形で「ウンブロ」っていうオリーブオイルが売っていたのを見つけて。「ウンブロ」って、ウンブリア人って意味なんです。おっ?って思って、裏に描いてある製品の表示にオリーブ農園の住所が書いてあったので、イタリアに帰って調べてみたんです。そしたら、存在もしていないオリーブ農園で。
日本にこれだけイタリアの洋食産業があって、イタリア料理が食べられているのに、偽装表示のものがあったり、本当のオリーブオイルを日本人が知らないというのが衝撃的で、残念で。しかも今は、どこのものともわからない、本当に人体に安全だと言い切れるのかも分からないような環境で育ったものも混ぜこぜにして売るというのもすごく多いというから。
そういうのを見たらトーマスが、「僕は大したことは何もできないけども、ウンブリア州のオリーブオイルとトリュフだけは、本当のものを日本に届けたい。お願いだから二人で(そういう事業を)やろうよ」って言ってくれて。だから正直な気持ちを言うと、私を受け入れてくれたプラチディ家の一族のみなさんに恩返しができたらいいなというのが、この活動を始めた根底にあって。いろんなことを乗り越えて、なにかひとつ、自分がイタリアのこの家に嫁いだことの結果が出せればいいなと思うので、このオリーブオイルを自信を持って勧めて、日本に届けることができるようにしていきたいと思ったんです。

 

オリーブ農園のあるウンブリア州は山と丘と湖が織り成す自然豊かな大地。農園には樹齢100年のオリーブの樹があるが、100年になる樹というのは珍しいもの。

 

オリーブの実は手摘みしているが、衛生面に関しては近代的な方法を取り入れ、オイルのボトリング技術は世界一とも。

 

 喜志枝さんが言うには、オリーブオイルと日本酒は似ているところがあるのだとか。日本の地酒は、その土地の自然の力や素材、酒蔵の歴史やこだわりがすごく出るものだが、オリーブオイルもまさにそうで、州ごとにできるオリーブオイルの種類や味も違ってくるという。また、オリーブの育て方や樹の剪定の仕方、どのような機械で搾油するかでも、認定の方法が変わっくる。

 

ーーバッチノエミオのオリーブオイルと、山形のこの食材を合わせたら美味しい!というお勧めの組み合わせはありますか?

 

喜:鶴岡市に井上農場さんという昔からのお友達がいるんですが、帰省したときに一緒にご飯を食べようということになったことがあって。そこでトーマスが「パスタを作るよ」となって、井上農場さんのトマトそのまんまっていうトマトのペーストに、オリーブオイルと塩をかけた、イタリアで当たり前のパスタを作った。それは日本でいうご飯と味噌汁と漬物みたいな、イタリアでは一番クラシックなメニューなんですが、それがものすごく美味しいんです。だから、例えば焼いただけのお野菜の上にかけるとか、やっぱり山形の新鮮な野菜と合わせて食べてみてほしいですね。

 

山形にて、山形のご友人とともに料理をするトーマスさん。

 

ト:ええ、野菜には絶対に合うと思います。オリーブオイルも、海のほうでできたオイルは海のものに合わせたほうが美味しいんだけど、ウンブリア州はイタリアで唯一海に面していないところなので、野菜もそうですが、カッチャジョーネといわれる狩猟料理がすごく有名なんですね。だから肉料理にも、ものすごく合います。このオイル自体がハーブの香りがするんですよね。これをかけるだけで味が変わるっていう、調味料みたいな使い方をする部分もありますし。米沢牛のステーキとかにも、オリーブオイルと塩で食べると、本当にお肉がまろやかになったりとか。でもオリーブオイルは豚肉料理にはかけないっていう鉄則があるんです。それは味が変わってしまったり、相性がよくなかったりするからなんですが。でも、ウンブリア州のオリーブオイルは豚肉にも合いますし、すごくおいしい魔法がかかりますよ。味見してくれればすぐにわかると思います。

 

ーーオリーブオイルに対する見方が変わるかもしれませんね。

 

喜:このオリーブオイルをいろんな人に紹介するときは、最後のひとかけでお皿が豊かになる、仕上げオイルにぴったりだね、っていう言い方をしています。バッチノエミオのオリーブオイルは健康にもとても良くて。エクストラバージンオリーブオイルって、ポリフェノール値がどれくらいなければならないという規定値があるんですが、その2倍あるんです。
このオリーブオイルを作っている場所は本当に長寿村で、250人くらいの村なんですが、若い人がどんどん少なくなっていってるので、彼らが農業や畜産を続けていくことに対するモチベーションを保ちたいという思いもある。だから、それこそ日本に輸出できるというのは、日本はやっぱり夢の国なので、彼(トーマスさん)にとってすごく嬉しくて励みになるんです。

 

バッチノエミオ農園は今年で創業71年を数え、トーマスさんと現オーナーで従兄弟のノエミオさんで3代目になり、経営を広げている。

 

ーーそう言っていただけると、こちらも嬉しいです。今後、やりたいと考えていることはありますか?

 

喜:今後も、生ハムなど、ウンブリア州の真の特産品を日本に届けたいですし、山形の食材もヨーロッパに広めていくお手伝いができたらなと思います。
今、イタリアでは海藻がブームだったりするので、そういうものや、山形のだだちゃ豆のスナックなど、輸入しやすいものからにはなってしまうんですが、そういうものを自然食品屋さんなどにアポイントメントをとりながら、身近に買えるような状態を作れるようにしたいですね。インターネットとかではすでに買えるんでしょうけど、そういうものをわざわざネットで探さないじゃないですか。なので、そういった商品を知って探せるように、身近なところから少しずつやっていこうかなと。それで山形にも滞在しますし、お米に関しても、トーマスと一緒につや姫大使になりましたし。そちらのPRもしていければと思います。
私たちができることはすごく小さなことなんですが、そういう取り組みを続けてきた人たちを育ててくれた人々や、彼らが育った場所などを知っていただいて、本当に安心して届けられるものを厳選して、分かっていただける方に使っていただけたらなと。
価格競争の面ではどう頑張っても安いものにはならないと思いますし、イタリアでも高い方のオリーブオイルですから。でも、もちろん私たちの思いがこもってるものでもあるので、大事に日本で育てていければいいなと思っています。

 

ト:バッチノエミオのオリーブオイルが高価になってしまうのは、ウンブリア州でしか採れないような特殊なオリーブを使っているため。ですから価格競争の部分に入っていくのは仕方のないことなんですよね。

 

喜:確かに、イタリアの食材を扱うインポーターさん(輸入者)もそうなんですが、日本の食材を扱ういろんなインポーターさんと関わるうち、「高いからどうせ売れない」とか、「その食品に対してよく知らないから売れない」というような考えが多いなって思いましたね。
オリーブオイル以外にも、たとえば海藻。やっぱり海藻なんて食べるものじゃないって思ってる人っているんですよ。だだちゃ豆のスナックにしても、それに何十ユーロも払うのなんてばかばかしいって言う人もいる。でも、その人に届くまで、どういった人たちが関わっているかというのを分かってもらえる環境があったらいいなと。始めないと何も変わらないので。

 

ーーそういった活動は、自分の住んでいるところを好きになったり、誇らしく思えるようになっていくことにもつながっていくのかなと思いますね。

 

喜:まさにそうですね。実は私、山形出身の方が山形のことが好きだっていうのを聞くと、ちょっと恥ずかしかったんです。昔はずっと東京に住みたいと思っていたり、声楽をやっていたので、やっぱり山形にいても歌を勉強するところがないと思っていたし。もちろん時代も変わりましたど、外に行きたくて行きたくて仕方なかったんです。
それで東京に行って、いろいろなことがあってイタリアに行って、彼(トーマスさん)と知り合って。彼と一緒に日本に来るたびに、彼が山形の良さを教えてくれたというか、気づかせてくれたというか。そんなときにちょうどミラノ万博での通訳や、山形の紹介のお仕事のお話があって。彼も山形のことをすごく上手に説明できるので、少しお手伝いをして。そういうことを経て、彼が山形の良さに気づかせてくれたというのはあると思います。ミラノ万博を機に縁が広がっていって、やまがた・イタリアつながるネットワークができたということもそうですし。それを機に、食品や食材の生産者の人たちともつながれたらいいなと思います。

 

ご夫婦は山形を訪れる際、「かほくイタリア野菜研究会」や鶴岡市の「井上農場」などと食を通した草の根交流を続けている。

 

ご友人・お知り合いとともに、羽黒山へ登った際の写真。

 

喜:今回、オリーブオイルのインポーターさん(輸入元)を見つけるのに苦労したときも、ご自分でいろいろ声をかけてくださったりとか、協力してくれた方もいて、もう本当にありがたいなあと。以前はそんなに、山形が好き!ということがなかったんですが、私と同じように山形出身で海外で活動して、活躍されている方が増えてきたこともあって、私も山形を誇らしく思えるようになったというか。
この年で冒険ができるというか、挑戦できるというのはありがたいなと思います。でもそれも本当にみんなのおかげだし、私が病気のときに世話をしてくれた子達も、協力するよと言ってくれて。本当にありがたいなあって。アル・ケッチァーノの奥田シェフや、そちらの料理人さんもイタリアの農園や工場に来てくれて。まずは山形の人に食してもらえたら、って。

 

奥田シェフと、ご友人の方々。

 

喜:大げさなことをするつもりは本当にないんですけど、私がペルージャに導かれた恩返しというか・・・言葉にすると照れくさいですけど。おじいちゃんのオリーブオイルが日本のどこかで売られていると考えたらうれしいなって。それを使ってくださる方がいて。おじいちゃんもきっと嬉しいだろうなって。
ペルージャも山形と似ていて、3歩歩けば知り合いに会えるような、とても小さな都市なので。だから無理をして姉妹都市関係を結ぶとかではなくて、本当に草の根交流をして、つながっていければと思います。

 

 

 昨年はイタリアに山形県人会を設立した喜志枝さん。自身の活動を〝冒険〟と表現する喜志枝さんとトーマスさんの〝伊山交流〟は、これからも続いていく。

 

関連記事

上へ