特集の傍流
次代につながる街並みや暮らしを、リノベーションを通じて考える。
株式会社アトリエセツナ 代表取締役/デザイナー 渡邉吉太さん
山形県山形市
近年、耳にすることが多くなった「リノベーション」という言葉。それは建物を単に格好良く改装するだけでなく、その建物自体に新たな価値を生み出すこと。
その意味を体現するように今、市街地を中心として元々あった建物が、新しい感性で生まれ変わり、人が集まる心地良い場所になっている。居心地が良いという意味をもつ言葉には「COZY(コージー)」があるが、それには「地域社会が親密」という意味もあるという。
仮設的ではなく“積層”を感じる空間には、どんな意匠や意識が秘められているのか。また、魅力的な場所が増えていくことによって街が面白くなり、そのエリア全体の価値が上がっていくこと(エリアリノベーション)も含めて、一歩考えていこう。
まずは、この店舗から。
素地を活かした凛々しい空間は、和食の心得を具現化したもの。
1960年代に建てられた、七日町にある「セントラルプラザビル」。今まで様々な店舗が入居してきたが、半世紀以上前に建てられただけあり、その佇まいには山形市旧市街の歴史を見てきた風格が漂う。
この1階の一部を改修し、2016年4月にオープンした、日本ワインと和食の店『さんろくまる』。建物正面、内装、店内のインテリアなど、ほぼすべてのデザイン・設計を手がけた、「アトリエセツナ」(山形市)の渡邉吉太さんにお話をうかがった。

渡邉吉太さん/宮城県出身。家具やプロダクトのデザインをはじめ、店舗や空間の設計も手がける。(市内の事務所にて撮影)
高校では建築を学んだが、自分には分野が大きすぎると感じた渡邉さんは、東北芸術工科大学芸術学部美術科にて工芸の道を進む。やがては工芸作品を置く空間をも自ら設計・デザインするようになり、スウェーデン国立芸術工芸デザイン大学へ留学、家具デザインを学んだ。帰国後フリーランスデザイナーを経て、2006年、アトリエセツナを設立。
「空間も家具も、考え方は同じです。空間は細かいディテールの集合なので、小さいものの集合が家具なのか、空間なのかの違いなんですよね。なので、空間をデザインするようになったきっかけのようなものはないんです。ごく自然な流れでした」と渡邉さん。
『さんろくまる』を手がけるにあたっては、「建物が持っている元々の力のようなものがありましたし、和食屋さんですので、家具や内装も素材や素地を活かす造りにしました」と語る。確かに、和食は出汁のうま味をベースに素材の持ち味を活かす料理だ。
「なるべく建物も空間も色を塗らないようにして、素材の素地を使って表現するということを一番のキーにしています。この内観の壁は素地の上からクリア(透明塗料)を塗っているんですが、濡れたような光沢のある質感を出すほかに、ほころびが出てこないようにするという意図もあります。また、椅子はこの店のための特別な仕様のものなんですが、金具の部分に火で炙ったときの酸化皮膜をそのままとめるような処理を施して、職人さんの手の跡を残しました」と、その素材でしか表現できない表情を大切にしていることがうかがえる。

階段を通じてつながっている、チーズ工房とワインセラーがある2階の「ヤマガッタ」とともに、新旧の質感が調和したソリッドな店内。

2階にはワインセラーも。
「既成のものは使わず、作れるものはなるべく作る。その空間だけのものを作るということは心がけています。繰り返しになりますが、空間は小さなディテールの集合体なので、ひとつひとつのものを吟味する。そのときにふさわしい素材、厚さなども吟味して、それが作れるものであれば作る。それは大切にしていますね。ここにしかないものを作らないと、どこかの店舗のコピーになってしまいますから」
建物の持ち味を活かし、ひとつひとつを吟味する。
渡邉さんは続ける。
「建物の基本的な構造もほぼそのままですね。ただ、階段の登り口は1メートルほど大きく開口し直してます。1階の『さんろくまる』に入らなくても2階の『ヤマガッタ』にいけるという変わった導線になっているんですが、元々はストレートで急で、すごく危険な階段だったんです。勾配を緩めるために回り階段にして、安全面を高めながら設計しました。『さんろくまる』と2階の『ヤマガッタ』、2つストーリーが合わさって1つの大きなストーリーになっていくので、それをつなぐ階段の役目も大きいですよね」
そんな店内の様子は、通りに面してガラス窓があるため見えやすい。にもかかわらず、外装の壁や扉には重厚感があり、背筋を正して気を引き締めないと簡単には入れないような雰囲気がある。

『さんろくまる』外観。
「その空気感はわざと出したんですよ」と渡邉さん。「店は最高の食の時間を提供し、客はそれに真剣に向き合うという“約束”を表現したかったんです」
そのため、外観と内観はともに「凛々しくした」という。テーブルを中心に照明を当て、外に居ても中から透けて出てくるような空気感を表現したり、厨房とカウンター席の間には覆いや隔てを作らずに、料理人の手元が見えるようにしている。また、カウンターとすべてのテーブルの高さがフラットで一直線となるよう設計。料理が客の目前まで真っ直ぐに届けられる印象をかなえている。
リノベーションとは、元々あったものに新たな価値を生み出すことだとは先述した通りだが、渡邉さんいわく「いいものをより良く感じてもらう空間になったかな、と思います」とのことだ。

山形で仕事をしている大事なポイントとしては、いい職人さんがたくさんいるから、ということが大きいと教えてくれた渡邉さん。「そういうものを作れる人と密につながることができますし、山形は仕事をしやすいところだと思います」

料理人の大山正さんとともに、カウンターにて。凛々しい店内の雰囲気は、料理人のモチベーションを高めることにもつながるのでは、と渡邉さん。
その建物や店舗に入ったときなぜ、「いいな」と感じたり、心地良さを感じたりするか。それには感覚と理論が結びついた、必然的な理由があるのだ。
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