特集の傍流

2018.12.13

紅花で栄華を極めた商人。彼らが紡いだ紅の歴史は、いまなお綿々と山形に根付いています。

2019年1月号(171号)山寺と紅花文化。
山形銀行 代表取締役頭取 長谷川吉茂さん
山形県山形市

 上方文化を支えた紅花は、山形の歴史を語るうえで欠かすことのできない経済と文化の資源である。かつてここ山形から最上川舟運を使って運ばれた紅花は“最上千駄”と呼ばれ、日本一の収穫量と質の良さを誇った。日本海を渡り京都へ届けられた紅花は着物や化粧品、薬となり、人々の暮らしに華やかな彩りを添えたのである。
 江戸時代後期に活躍した日本最大の紅花商人、長谷川家の末裔である山形銀行第15代頭取の長谷川吉茂さんに伺った。

 

紅花商人の時代から“信用と信頼”あってこそ、
それが継承の要です

「馬一頭分が一駄で、積み荷としてはおよそ120kgですから、千駄ということは年間120tもの紅花を扱っていたということです。紅花交易が隆盛を極めた江戸時代には飛行機も鉄道も高速道路もありません。そんな時代に遠路はるばる京都まで運んで取引をしていたのです。その背景には作付けの段階から栽培適地の生産者と契約し、事前に売り買いの約束を結ぶ先物取引があります。現代と違って自然を相手に取引の約束をするには、厚い信用と信頼の関係なくして成り立ちません。信用と信頼、これは我々金融業界の基礎、要であり、紅花商人の時代から脈々と積み重ねているものなのです」

 

 長谷川頭取は周知の通り本業でも名の知れた存在だが、山形の紅花商人史研究においてもひと目置かれている。自らの出自を振り返りながら先人の足跡を研鑽し、山形の経済と文化振興にも幅広く貢献している。そうした視点からも「“山寺が支えた紅花文化”という歴史物語が日本文化遺産に登録されたことは、山形県にとって本当に明るい話題で嬉しいですね。私自身、山形県文化振興懇談会の委員長でもありますので、こうした認定が観光や文化振興の大きな励みになると感じています」と続けてくれた。

 

長谷川家が山形美術館に寄贈した横山華山筆「紅花屏風」(部分)。2018年12月27日まで、山形美術館で行われる「長谷川コレクション展」にて展示される。

 

チャレンジはチャンスの第一歩

 最盛期には生産量全体の半数近くを担っていたといわれる出羽最上の紅花商人たち。彼らは信頼をベースに量、質の良さで市場の評価を得ていたという。長谷川頭取は最後に「山形の紅花商人たちは極めて高度な金融技術をもち、併せて国を跨ぎ超えるチャレンジ精神がありました。“奥羽山脈は高い”だなんて諦めたりせず、挑戦することでチャンスを得ています。こうした精神をいまこそ誇りとして学び、山形の経済界発展へとつなげていきたいですね」と、これからへの期待を語ってくれた。

 

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