特集の傍流

2019.1.11

定番の味に落ち着くのは、理由がありました。

2019年2月号(172号)山形のひっぱりうどん
ひっぱりうどん研究所 創設メンバー 青柳フヂ子さん、戸沢地域市民センター センター長 松田芳信さん
山形県村山市

 「ダシをとってみりんや醤油で味付けをして…と、うどんのつけ汁を準備するのも手間。納豆ならば醤油を垂らすだけで、とても楽でしたから定番になったのでしょう」と話すのは、ひっぱりうどん研究所創設メンバーの青柳フヂ子さんだ。

 

手軽さと保存性の高さ。常備食材で賄う生活の知恵

 昔は、栽培している大豆を藁で包み、こたつの中で発酵させ、納豆を自家製している農家が多かったという。そのため常に生活とともにあった納豆は、ひっぱりうどんにおいて圧倒的な市民権を得続けていくのであった。
 「納豆と醤油」の定番だけではなく、そこに加えるトッピングも時代とともに変化していく。「サバ缶が広まる前は、我が家では鰹節を入れるのが主流でした。小学生の頃とか、祖父母に『鰹節を削っておけ』って言われて、削って待っているとひっぱりうどんが出てきた」と、ひっぱりうどん研究所のある村山市戸沢地域市民センターのセンター長・松田芳信さんは当時を振り返る。昭和30年頃からは、流通の発達によって缶詰が手に入りやすくなりサバ缶も定番となり、現在のスタイルになっていくのだった。

 

「どれ、ひっぱり食うが」と、乾麺を茹でるだけという手軽さと、自在な具が長年愛される理由。

 

当時の暮らしについて話す松田芳信さん(左)と青柳フヂ子さん(右)

 

ひっぱりうどんの復興を。時代の変化とともに好きに楽しんでほしい

 「ひっぱりうどんは、一度廃れていた時期があると思っているんです」と話す青柳さん。高度経済成長に入り、残業や塾通いでそれぞれが忙しくなり家族が共に食卓を囲む機会が減少したと同時に、廃れていったのではないかと青柳さんは考えている。平成に入り、地域の食文化の見直しを叫ばれるようになり、再び脚光を浴びる。ひっぱりうどん研究所の尽力もあり、昨今の盛り上がりに繋がっている。
 ひっぱりうどんの今後について青柳さんは、「現在は昔とは違い食文化が多様化しています。納豆とサバ缶での食べ方は残しつつも、若い人には自由な味付けで食べてもらいたい」と期待を寄せる。時代とともに進化しながら、ひっぱりうどんは次世代へと受け継がれていくのである。

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