特集の傍流

2019.5.11

平成を支えた山形どんどん焼きのパイオニアに、愛され続ける理由を尋ねました。

2019年6月号(176号)やまがたのどんどん焼き。
CoCo夢や 代表取締役 工藤真一さん
山形県山形市

 前出の工藤さんは、山形どんどん焼きを提供する飲食店を山形市内で2店舗経営している。またそれ以上に山形県内外のイベント屋台『CoCo夢や』の顔としてご存知のかたも多いだろう。工藤さんがどんどん焼きを焼き始めるようになったのは高校生の終わり頃。かれこれ45年になるという。きっかけはお姉さん※が夏休みシーズンのプールサイドで出店を始めたこと。「山形どんどん焼きは昭和40年代初頭、魚肉ソーセージの大ヒットにあやかって人気に拍車がかかったね。具やトッピングはその時代からほとんど変わっていない。山形のお祭りには欠かせないという地位は、創始者の大場さんや長く屋台を続けていた川口さんが築いてくれたステージだと思う」と話す。
 そのステージを全国区へ押し上げた人物、その人こそが工藤さんではないだろうか。

 

日本人の琴線に触れる具材がポイント

 現代日本人の〝食〟は豊かになった。しかし昭和、平成、令和と3つの時代を駆け抜け、80年以上人気を維持している食べ物はそう多くない。愛され続ける理由を尋ねると「鰹節、ねぎ、紅しょうが、天かすの組み合わせって、日本人の琴線に触れる味付けなの」と工藤さん。

 

工藤さんレベルになると1回で6本同時に焼ける。「一人前に焼けるように最低1年はかかるだろうね」とのこと。

 

できたて熱々のふわっと感もいいが、少し冷めてモチモチ具合が増し、しっとりソースが絡んだ味も格別。

 

改良を重ねながらも大好きな味を維持。
味覚も伝承者も進化するから、受け継がれていく。

「ただそれだけじゃない。粉の選びかたや調合具合で仕上がりが全く別物になる。材料がどれもシンプルだから逃げられないし、焼き始めたら完成まで約90秒が勝負。毎回微調整しながらやってるよ。だって第一においしいものを作らないと先輩に申し訳ないじゃない」と話してくれた。大場さん発祥の味を現代の味覚とすり合わせながら完成度を高めた、それが工藤さんのどんどん焼きだ。自身も継承者として誕生伝をひも解き、山形のB級グルメとして認知度を高めたその活躍は特筆すべきだろう。

 

工藤さんが語るやまがたのどんどん焼き三ヶ条は、「1・味や具材、ソースは好みでOK」「2・手に持って食べられる形状であること」「3・食べるときに割り箸は外さないこと」とのことだ。

 

 コックコートを着て屋台のなかに立つ工藤さん。今でこそ見慣れた姿だが、よく考えたら異色だ。ここにもこだわりがある。「誰もが気軽に買える雰囲気の屋台にしたい。屋台コックとしての責任感を制服で表したい」という。
 大人も子どもも、嬉々としてどんどん焼き屋台に並ぶ、その光景が100年先も見られますように。

 

 

※山形市中桜田にあった「やたいや」(2014年に閉店)の店主

 

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