特集の傍流

2019.10.11

山形に住む人と映画祭の距離を近づけたい、そんなコンテンツをこの2人が手がけています。

2019年11月号(181号)やまがたと映画祭。
認定NPO法人 山形国際ドキュメンタリー映画祭 事務局次長 黄木優寿さん、作家 黒木あるじさん
山形県山形市

 山形国際ドキュメンタリー映画祭(YIDFF)は、創生期から高く評価されてきた一方で、ポピュラリティのある映像作品が集まるものとは趣が異なるため、一般市民、とくに開催地の観客を牽引する仕掛けが課題と言われてきた。そうした背景から始まったのが、2007年の第10回から続いている特集プログラム「やまがたと映画」だ。初回から携わる映画祭事務局次長の黄木さんと、山形市在住の作家、黒木さんから話をうかがった。
 

この映画祭で出合える多彩な「やまがた」の姿。

黒木さん:特集プログラム「やまがたと映画」は、映画祭事務局が山形市から独立してNPOになった翌年の開催から始めた企画です。当時いろんな場面で地元のかたに話を伺ったら、映画祭との接点を見つけにくいという声がとても多くて。それならまず山形に馴染みのある映像を紹介していけば、地元の皆さんも足を向けやすくなるんじゃないかと。

 

黒木あるじさん(写真左))作家。1976年青森県生まれ。2009年「おまもり」でビーケーワン怪談大賞・佳作、「ささやき」で『幽』怪談実話コンテストブンまわし賞を受賞。2010年「震(ふるえ)」でデビュー。東北芸術工科大学在学中より学生ボランティアスタッフとして映画祭に携わり、2007年よりYIDFF「やまがたと映画」コンテンツの企画運営にも参加。山形市在住。


 

黄木さん:そうですね。YIDFFはよく業界のなかでも「あれは奇跡だ」って言われかたをされるんですよ。こんなちっちゃな街で先鋭的な映画祭をやり続けられるのはなぜ?と。一方で一般のかたにとってはドキュメンタリー映画は遠い存在……その感覚も理解できます。だけど映画祭が評価されている部分、奇跡の種みたいなもの、みなさんそこは知りたいんじゃないかとも思うんです。なので会場に来るきっかけとして山形に特化したプログラムを集めようと、そんな意識からスタートした気がします。

 

黄木優寿さん(写真右))山形国際ドキュメンタリー映画祭(YIDFF)事務局次長。東北芸術工科大学在学中より学生ボランティアとして撮影補助などのスタッフとして運営に携わり、卒業後の2004年に事務局へ入局。2007年より「やまがたと映画」の企画運営を担当。黒木さんとは旧知の仲。


 

編集部:前回2017年の開催時には「世界一と言われた映画館」※1が初公開され、その後全国公開に発展するなど話題作も排出しました。今年の注目作品は何でしょう。
 
黄木さん:新庄市にあった日本唯一の雪害研究所を映像と証言で探るプログラムでしょうか。雪と闘う農民の生活を描いた「雪国」を鑑賞した後、“雪国を、生きる!〜雪調とは何か〜”というテーマでトークショーも行います。
 
黒木さん:雪調という存在がいかに地域と結びついていたか、希望を見出していた人がいたか、また民芸運動にもつながる雪国農家発の特異な技術と芸術性を知るには大変意義深い企画だと思います。当日は私も司会進行役として壇上に上がりますけれど、観客と同じように識者の先生のお話しを聞いて、改めて山形を学ぶ時間にしたいなと思っています。
 
編集部:身近な街のかつての姿を映像として見られる機会って、よく考えたらとても貴重ですよね。
 
黒木さん:そうですね。最初の入口はそういうノスタルジックさであり、歴史的な資料の貴重さでもいい。そこからじゃあ、せっかく来たんだからほかの作品も観ていくかと興味を持っていただけたら。
 
黄木さん:本当にそうですね。「雪国」も1936年の作品なんですが、見ているだけで単純に興味深いんです。80年以上前の街や人々の様子を装飾された部分も含めて知ることができる、これがドキュメンタリーの魅力であり、面白味ではないでしょうか。

 

「雪国」は、山形県新庄に3年にわたる長期撮影を行い、雪と闘う農民の生活を描いた本格的な自主制作ドキュメンタリー。石本統吉監督。 写真提供/山形国際ドキュメンタリー映画祭事務局


 

「雪国」の上映と、トークショー「雪国を、生きる! 〜雪調とは何か〜」は、10月12日、13時45分から山形美術館1の会場にて行われる。要チケット(当日1300円)、高校生以下は無料。
「雪国」の監督である石本統吉氏と、製作を行った大村英之助氏は、イギリスのドキュメンタリー映画製作者、映画史家、評論家であるポール・ローサの著作『ドキュメンタリィ映画』に影響を受けたひとり。日本のドキュメンタリー映画の原点は、この映画にあると言っても過言ではないという。ぜひ視聴してみてはいかがだろう。

 
 

戦争で空襲を受けなかった山形だからこそ、希少な映像資料がまだ眠っている

 

編集部:「雪国」などの、そういった古い映像とかはどのようにして集められるんですか?
 
黒木さん:山形は昭和の戦争時代に空襲を受けなかったので、実は眠っているフィルムとかが結構な量あるとは言われていたんですよ。ところが、写真とか骨董であれば実物があるので、その価値を調べたり見られるんだけれども、それが8ミリとか16ミリとか9.5ミリとかっていうのは、機械のかけかたもわからないし、映写機もないので、そうすると捨てられちゃう場合が結構あるというのを聞いたんですよ。
 
黄木さん:それはまずいと。じゃまずはそういうのを流してみようというので。発掘プロジェクトというのを立ち上げて、県内各地に残る、私蔵の眠っているフィルムを発掘する活動を続けましたね。
 
黒木さん:それで第1回目の山形と映画のプログラムでは「戦前の山形を見る」という企画をやりました。例えば昭和15年の私蔵のフィルムで、当時は当然ながらフィルムを回すということもよほどお金がある人たちしかできなかったんですが、だからいろんなものをチャカチャカ撮っているんですけど、それがとても面白いんですよね。それからあとは鶴岡市にある郷土資料館にあったのが満州事変で知られる軍人、石原莞爾が、満州を撮影していた様子と、戦後に第二次世界大戦を総括したインタビューを収めたフィルムというのが見つかったりして。
 
編集部:すごいですね、石原莞爾ですか。
 
黄木さん:彼の出身地が鶴岡市で、隠居したあと晩年は酒田市に住んでいたようです。
 
黒木さん:そういう70年前くらいの古いフィルム映像は、いまでいうホームビデオと同じで作品ではなく当時の様子をただ撮っただけだったりするんですけれど、その当時を知っていたりとか、面影がわかる人には「あー、そうだそうだ」って観てもらえるし、あとは我々のような戦後生まれからすれば、こんなだったんだ、という驚きもあるし。で、このドキュメンタリー映画祭きっかけの発掘活動が広まっていけば、そのまま、それこそ処分されてしまうフィルムをなんとか我々のほうで保存することもできるということで、続けていきたいと思っていて、以来継続して行なわれている「やまがたと映画」の目玉のひとつではありますね。
 
黄木さん:今年はその埋もれていたシリーズでいくと、天童市にある教育センターから発掘されたフィルムからの作品「最上川のうた —茂吉—」にも注目していただければ。教育センターにフィルムがいっぱいあるっていうのは知っていたんですけども、なかなか調査をしに行けなかったんですが、今回の開催準備でようやく動けました。そうしたらその、地元の人がかつて撮ったものもから、よその人が山形を撮ったものとかいろいろあって。
 
編集部:30年たっても新しいというか、貴重な映像資料に巡り会えるというのはすごいですね。
 
黄木さん:そうですね。本当にあの、山形映画祭も30年なんですよね。私、30年もやってきてるよね?という感覚もあって……。
 
編集部:そこがその、奇跡でもあると。
 
黄木さん:奇跡なんですよね。で、未だにその奇跡がなぜ起こっているのかがわからないという。

 

参加者、観客の側が作ってくれている
そのお手伝いをしているようにも思うんです。(黒木)

 

編集部:でもおそらくですが、黄木さんをはじめとする事務局の方々の人柄とかにも通じるのかな、なんだろう、朴訥と、やってきている姿を知ると、その足跡が確実に道になっている印象があります。
 
黒木さん:そうですね。「やまがたと映画」もそうですが、たとえば映画祭が必然的に大きくなっていった面はあると思うんです。たとえばほかの映画祭とか商業的な要素が絡むものみたいに、どんどんスポンサーを募って拡大していったとか。それが山形国際ドキュメンタリー映画祭に関してはまったくなくて。運営している側にも参加する側にも、なんていうんでしょう、野心がないっていうか。今はネットでアップロードしたりっていうことが可能になったんですけど、30年前はアジアの若いドキュメンタリーの監督なんかが作品を発表する機会というのはほぼなかったんですよ。そのなかで、じゃあそういうものを広めていこうと、きちんと公開する機会を持とうということを主軸に回を重ねてきたので、その結果が、無為無欲な活動が……続いてきた理由かなっていう気はします。そして運営側の立場の感覚でいうと、我々が作っているというよりは、作品に作らされている、動く機会をもらっているような、参加、観客の側が作ってくれているのかなと。そのお手伝いをしているようにもと思うんです。
 
黄木さん:いや本当に、そう感じます。コーディネーターが今回もいっぱいいますけど、びっくりするくらい純真なんですよ。本当に純粋に映画のことしか考えていないっていう。これを持っていくとお金くれるかなとかっていう、そういうのがあって当たり前だし、打算があったりするじゃないですか。次の作品を作るためにも。それが一切ない。もうちょっと打算的なものを持ってくれても、いいかなとか思うんいですけど、でもね、そんなところがみんな好きなんですよね。
 
黒木さん:そうだね、無私無欲とは言わないけど、ちょっとおかしい。ピュア100%真ん中って。好きだけどね。

 

ともにボランティアに携わり、それぞれの道を歩んだ二人だが、映画祭と市民を結びたいという気持ちは同じだ。
撮影協力/BOTA coffee


 

※1……山形県酒田市にあった伝説の劇場「グリーン・ハウス」についての証言集を収めたドキュメンタリー。佐藤広一監督。2017年のYIDFFで上映され、2019年1月に全国公開が決定した。

 

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