特集の傍流

2019.12.18

日本最北のグランドキャバレー、その面影を今もここに。

2020年1月号(183号)時代を語る、やまがたの大人の社交場。
白ばら友社 代表社員 佐藤仁さん
山形県酒田市

 全盛期は100人ほどのホステスが在籍し、連夜満席で港町の夜を彩った屈指のキャバレー「白ばら」(酒田市)。1958(昭和33)年に開業し、昭和の香りが色濃く残るムーディなステージにはかつて山本リンダや千昌夫といったビッグネームも立った。2015(平成27)年に一旦閉店したが、市民有志の熱意で再生。現在は「白ばら友社」代表社員であり、酒田市内で旅館を経営している佐藤仁さん(TOP画像)を中心とした有志が、金・土曜のみ飲食や歌唱を楽しめる場として運営。休業日は誰でも利用できるイベントホールとして貸し出して多様な企画が催され、世代を超えて交流が深められている。

 

店内入り口付近に飾られた、数々のサイン。

 

中央には、山本リンダさんのサインが。

 

もうネオンは消さない。昭和の大衆文化遺産。

 昔は芸能人が地方のキャバレーを回っていた時代もあり、芸能人にとっても、昔の『白ばら』のような場所は自身の生計を支える場でもあった。しかしそれは、大箱がしっかり存在していたからこそ成立する話。時代の流れとともにキャバレーが下火になっていくと、経営を続けることも難しくなり、ひとつ、またひとつとキャバレーはその明かりを消していった。
「『白ばら』はその昔、『白ばらゴールデンショー』というのをやっていたそうです。日ごとに様々なパフォーマーが入れ替わりでショーやストリップなどもやって。そういった賑やかな話を、60代のホステスさんといった、僕が知らなかった酒田を教えてくれる語り部から聞くと、羨ましいな、今は違うのにな……と思ってしまいますね」と話す佐藤さん。
 『白ばら』を危険な場所、近寄ってはいけない場所と誤解していた佐藤さんが『白ばら』を知ったのは2015年2月のこと。自身が経営する日和山ホテルで、芸術系の大学校に通う学生が作品を創作する際の宿を提供するという企画を行ったとき、大手の新聞記者がその取材に来たことがあったのだという。記者と話をしているうちに『白ばら』の話になり、一緒に足を踏み入れることに。
「忘れもしない2月28日。外は猛吹雪。でも『白ばら』の中には南国が広がっていたんですね。酒田で生まれ育ったというのに、半世紀ほど僕はこの宝箱を知らずにいたんです。開いた口がふさがりませんでした。そうしたら記者さんが耳打ちして『ここ、もうすぐ閉店するんです……』って。それを聞いたらもう、居ても立っても居られなくなって。泊まりに来ているお客さんやSNSでつながっている人たちに話して、一緒に行ってみようよと言ったことが、復活までの最初の一歩でした」

 

現在の『白ばら』外観。

 

足を踏み入れると、そこには煌びやかな世界が広がる。

 

 しかし、2015年の12月10日、『白ばら』入り口に張り出された紙には「12月30日に閉店」「長らくご愛顧ありがとうございました」の文字が。しかし佐藤さんは諦めずに地元のパフォーマーたちに声をかけ、『白ばら』をやめないでほしいという想いを込めて「白ばら感謝祭」を開催。その際に支配人が語った「まだ白ばらの根っこは死んでいない。いつかこの根から新しい芽が育つことを、今は期待しています」という言葉が今でも忘れられないという。
 その後、紆余曲折を経て、設備投資のためにクラウドファンディングで資金を募ったり、多くの人々に支えられながら『白ばら』は復活を遂げる。キャバレーとして復活することはできなかったが、熱心なファンに支えられながら、様々な企画が催される場となった。現在は様々な年代の人に愛される「白ばら」になるために、若者をターゲットにしたカラオケ会などの企画も構想中だという。

「この『白ばら』って一体何? といわれると、いろんな人の思いが積み重なって存在する場所で、『白ばら』という物語は、訪れた人、関わった全ての人が主役になるオムニバス映画なんだと思っています。これからも 『白ばらでなにかをやりたい!』という方にたくさん来ていただきたい」と佐藤さんは語る。

 

ビロードのボックス席にミラーボール、まさに昭和ノスタルジー。この空気感を肌で感じようと全国からファンが集う。撮影・提供/長岡信也氏

 

 佐藤さんは続ける。「ブルーハーツの『情熱の真っ赤なバラを胸に咲かせましょう』ってあるじゃないですか。『白ばら』では『情熱の真っ白なバラを〜』って歌うんですよ。そして『花瓶に水をあげましょう』ではなく、『他人に水をあげましょう』と歌うんです。自分のためでなく誰かのために水を注ぎあい、潤いを与えあえる街にしていこうという願いを込めて。発展している街……例えば大阪なら、おばちゃんが『飴ちゃん舐める?』って聞いてくるじゃないですか。そんなふうに誰かに何かをちょっとあげるという気持ち良さ。みんなで分け与えるということが、まちづくりの一番ベースで 大事な部分なのではないかと」

 

白崎映美さん率いる箱バン「白ばらボーイズ」による圧巻のステージ。撮影・提供/長岡信也氏

 

「白ばらの花言葉は『私はあなたにふさわしい』なんです。誰かにとって、何かにとってふさわしい何かというのはあるわけですが、そのふさわしい何かに情熱を注いで守っていくということはきっともれなく大変なことなんです。お金にもならず、むしろ苦労ばかり。 でもそれをクリアした時に与えられる喜びは何物にも変えられない。白ばらの日々はそうでした。
 この白ばらのある台町(だいまち)は、昔は肩をぶつけずには歩けないほど賑やかな通りだったんだそうです。それで今度、肩をぶつけて歩こうというイベントをやろうかなと思っています(笑)。今、『白ばら』では酒の神様にちなみながら、バカとカスが集う場という意味を込め『チーム・バッカス』というのを作っています。やはりどんでん返しをしようと思ったら、常識にとらわれない、想像を絶するような、バカなことができる人々、クリエイターが必要だと思うんです」

 

少々寂れた感じのある『白ばら』の通り。

 

「庄内では春に〝孟宗〟汁って食べますけど、〝孟宗〟汁を美味しくする決め手は酒〝粕〟なんですよ。〝カス〟こそが、〝モウソウ〟を美味しくする。やわらかい頭のバカとカスのチームでわくわくする〝妄想〟汁の炊き出しをし続けたい、そして空き家が増え、冷え切った街に少しでも温もりを提供できたらと願っています。大阪のおばちゃんのように……」

 

 そう微笑む佐藤さんを先陣に、『白ばら』の物語は様々な人を引き連れながら根を伸ばし、これからも花を咲かせていく。

 
 

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