特集の傍流

2019.12.20

あの人に訊きました。若かりし頃通った、わたしの社交場。
【その2】

2020年1月号(183号)時代を語る、やまがたの大人の社交場。
シネマパーソナリティ 荒井幸博さん
山形県山形市

 山形市出身・山形市在住のシネマパーソナリティで、gatta!webの連載コラムでもおなじみの荒井幸博さん。映画関係に詳しいのはもちろんだが、昭和を中心とした歌謡曲のラジオ番組DJを長年担当し、現在もFM山形で番組パーソナリティを務めるなど、マルチな才能を発揮して活躍中の山形人である。そんな荒井さんが見てきた山形の昭和時代の社交場についてお聞きした。

 

「僕は自宅から仙台の大学に電車通学していたんだけど、たまに朝一番の仙山線に乗り遅れちゃうことがあって。そうすると次の電車まで1時間待たなきゃならないから、そういうときは喫茶店に行ったよね。そこに入ってゆっくりコーヒー飲みながらオーナーと話をしたりしてね」
 かつては山形駅前大通りやすずらん街にも個人経営の喫茶店がたくさんあった。いまはそのほとんどがなくなってしまい、思い出話のなかだけの存在になってしまったという。荒井さんは「かつてのの喫茶店が担っていた役目っていうのは、単に時間をやり過ごす場所だけじゃなかったと思う」と話す。コーヒーや軽食をオーダーすると同時に、店が醸す雰囲気やこだわりを感じながら漂う時間に身を任せ、空間そのものを楽しむ。また顔馴染みとなったマスターや常連客と他愛のない言葉を交わす。その積み重ねで街に自分の居心地がつくられていく、そんな存在だったのでは。

 

身振り手振りを加えつつ、当時を熱く語る荒井さん。

 

 荒井さんがとくに足繁く通った店を尋ねると、
「70年代後半から80年代でいうと、通った店は山形市七日町のコーナーポケット。いわゆる当時の山形カルチャーを牽引していた場所だったね。そこに集まるメンバーが雑誌を作ったりイベントを盛り上げたりして、いまでいうクリエイターっていうの、そういう人たちの溜まり場になってた。駅前エリアなら「MARO」だね。最近まで営業を続けていたから懐かしいって感じでもないんだけど、山形人の大人の社交場っていったら、僕にとってはここかなと。フレンチ系の創作料理が抜群においしくて、それと同時にマスターが博学で話が楽しかった。僕は料理もお酒も好きだけど、人が好きなんだよね」と思い出話はつきない。
 店の人だけじゃない、そこに集う友や恋人、仕事仲間などと顔を合わせて同じ時間を共有するなかで、自分以外の知識や考え方を知ったり、それに共鳴したりして何かが生まれ連鎖していく。パソコンやスマホの画面に向かって「いいね」ボタンを求め合うするよりよっぽど健全ではるかに大きな承認欲求が得られる気がする。
 さあ街に出よう。

 

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