特集の傍流

2020.2.7

災いを除け、健康や幸せを祈る独特の風習がありました。

2020年3月号(185号)やまがたに残る、節目の祈り。

山形県尾花沢市、鶴岡市、遊佐町、西川町

 ここでは、山形県内に残る子どもが主役の奇習、風習をピックアップして紹介。後世に遺したい幸せを願う風習を知ることで、私たちが忘れてはならない〝宝〟をより慈しみ尊ぶことにつながれば幸甚だ。

 

地蔵を雪まみれにして〝遊ぶ〟ことで福を招く。

 尾花沢市北郷地区で1月中旬に行われる「地蔵転がし」は、子どもたちが首に縄をつけた木彫りの地蔵を引きずりまわしながら、各家を訪ねる奇習だ。

 

写真提供/尾花沢市玉野地区公民館

 

 地蔵を手荒に扱うのはむしろ親交ぶりを表し、子どもの守り神とされる仏と遊ぶことで、無病息災や五穀豊穣を願う意味がある。民俗学では小正月の行事に分類されるという。子どもの減少で一時途絶えたが約30年前に復活。江戸時代の嘉永年間に、地区の菅野惣八という人が自作の木彫りの地蔵を背負って四国や秩父などを行脚し、その地蔵をお堂に祀ったことが風習の始まりだという。

 

雪まみれになった地蔵は各家の玄関先に勢いよく置かれ、雪が多く散らかるほど福があり縁起が良いとされている。 写真提供/尾花沢市役所総合政策課

 

稲わらを引き、生涯にわたる縁と誓いを結びあう。

 鶴岡市大岩川の浜中地区で12月に行う「ケヤキキョウダイ」の儀式は、同地区に住む女の子同士が仮の姉妹の契りを結ぶ珍しい風習。稲わらのくじを引き、同じわらの両端を引いた者同士が義理の姉妹として互いの冠婚葬祭に必ず出席するなど、生涯助け合うことを誓う。ケヤキとは契約の訛りとされ、成女になるための儀式的な意味や、お産が軽く済むよう祈る行事とも言われている。ケヤキキョウダイが決まると、子どもたちはその後3年間は大みそかに集まり、同じ部屋で寝泊まりしながら元旦の昼まで断食する。

 

対象の子どもがいない年もあり、1993年には「記録作成等の措置を講ずべき無形の民俗文化財」として国の指定を受けた。 写真提供/鶴岡市役所温海庁舎総務企画課

 

棒で地面を叩き、邪気払い。皆の健康を祈る子どもたち。

 遊佐町では、子どもたちが自分の住む集落の家を一軒ずつ周り、よもぎと菖蒲を藁でくるみ、紐で束ねた棒で玄関先の地面を叩く「菖蒲たたき」が行われる。毎年6月と決まっているが、集落によって行われる日はまちまちだ。菖蒲の葉には魔除けの力があるといわれるが、この行事にも邪気を払い、人々の無病息災を祈る意味がある。菖蒲たたきは旧暦の端午の節句に東日本で多く行われるが、いまだにこの行事を続けている集落は町内でも多くはないそうだ。頑張った子どもたちは、夜、菖蒲湯に浸かり、疲れをとるという。

 

「しょうぶたたきにきました~」と言って、棒を振り下ろし地面を叩く子どもたち。 写真提供/NPO法人遊佐鳥海観光協会

 

雛祭りのルーツでもある小さな形代に願いを託して。

 流し雛は雛祭りの起源といわれ、源氏物語にも記されているほど長い歴史をもつ風習だ。人の形をした紙の人形で体を撫でて穢れや災厄を移し、それを川に流すことで、厄払いと幸せを願うもので、紙雛や土人形で雛祭りを行っていたころは、山形県内各地で流し雛の風習があったという。

 

かつては鶴岡市温海地区でも、温泉街の中心を流れる温海川にて流し雛を行っていた(現在は行われていない) 写真提供/あつみ観光協会

 

 西川町の料亭「山菜料理 玉貴」では今でも、千代紙でできた形代を用意し、子どもたちがそれに願い事をしたため、寒河江川に小船で流す流し雛が、主に旧暦の雛祭りに当たる毎年4月4日に行われる。

 

寒河江川の川辺に設けた桟橋から、木船や笹船に紙雛を乗せて川に流し、手を合わせる子どもたち。 写真撮影・提供/細谷城師

 

 なお、遊佐町では同日に「やさら藁人形流し」を行う。こちらは流し雛の原形とされ、ツバキやサザンカなどの赤い花をつけた手作りの藁人形を川に流し、集落から災厄を追い出す。以前は子どもたちによる行事だったが、少子化の影響もあって現在は集落総出で継承されている。

 

※TOP写真提供/尾花沢市役所総合政策課

 

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