特集の傍流

2020.12.4

アイヌ文化の残り香、見つかりましたか?特集のはじまりとおわり。

2020年12月号(194号)アイヌ文化の残り香を探しに。
東北芸術工科大学 田口洋美教授
山形県山形市など

今回の特集「アイヌ文化の残り香を探しに。」は、編集長のネタ帳に眠っていた難解地名がはじまり。詳しく調べてみると、それらはアイヌ語由来とされていたり、アイヌの人々と交流した山形県人や伝承の存在も判明。今年7月には北海道白老郡白老町にアイヌ文化の復興・発展を目的とした国立の文化施設『ウポポイ』がオープンした。加えて、今年は熊の出没の多いこと。なんと山形県での目撃件数は平成15年度以降で最も多くなっているそうで、そんな時に編集長がテレビで姿を拝見したのが、民俗学を専門とし、現在もアイヌの人々と交流のある東北芸術工科大学の田口洋美教授だった。様々なアイヌとの出会いに導かれるようにして決まった今回の特集。まずは、山形のアイヌ語由来とされる難解地名をおさらいしてみよう。

 

【ノゾキ】
真室川町及位や川西町莅。アイヌ語でノ・ソッキとは「よいねぐら」という意味になるそう。獲物である熊などがねぐらにしている場所、好猟場であったことが由来では。

【アテラザワ】
大江町左沢。由来は諸説あり、アイヌ語のア=支流の、テイラ=森林のある低地、とが合わさった説と、アツ=楡の木とテイラで、ニレの森林の低地などの説がある。

【サバネ】
舟形町猿羽根。分解してアイヌ語に置き換えると、サル=葦原、バ=〜の上のほう、ネイ=川・沢の意に。小国川沿いの左岸に広がる湿原から見て上の方と解釈できる。

【ユザ】
遊佐町。アイヌ語でユゥ・サット=「温泉が枯れた」という意味になるそう。地震などの地殻変動で、古い温泉が枯渇したのでは!?

【カイシュウ】
西川町海味。平坦な丘、という意味のあるアイヌ語カイシュツが訛ってカイシュウとなった説が伝わる。海味地区のなだらかな山々の風景を表したのでは。

 

調査してみると、地名のほかにも、民話や風習、民芸品に至るまでアイヌ文化に通づるものを発見。山形とアイヌ文化のつながりについて、田口教授曰く「自然や生き物との関係、とくに命に対する考えかたにおいては、山形とアイヌの人々はかなり近いものがあると思います。山形には古くから山岳信仰が根付いており、自然や命をつなぐことに対する哲学的な世界がもともとあったのでしょう。草木供養塔の多さからも、アイヌの人々に通づるアミニズム(自然界に存在するすべてのものに魂が宿るという考えかた)が根底にあると感じます」

 

東北芸術工科大学歴史遺産学科 学科長 田口洋美教授。「現在までアイヌ語やアイヌ文化が地域のなかに残っているということは、アイヌの人々と東北の人々は融和的に暮らしていたのではないか」と田口教授は考えている。

 

鶴岡市羽黒町手向地区にある『蝦夷館公園』。アイヌ語で城や砦を意味する「チャシ」の跡であると伝えられており、周囲には外敵に備えた「空壕(からぼり)」の跡がみられる。

 

米沢の「笹野彫」は、アイヌの儀礼具と同じく木の枝を削りかけする技法で作られた「笹野花」が起源。「お鷹ぽっぽ」のポッポはアイヌ語で「おもちゃ」の意。

 

そして、山形とアイヌを関わりを語るうえで外せない人物、最上徳内。彼は1755(宝暦5)年、現在の村山市に生まれ、蝦夷地の調査に生涯を捧げた探検家である。9回にわたり蝦夷地の探検を行い、さらにロシア語とアイヌ語を学び、通訳としても活躍。アイヌの人々に対する差別意識を持たず、寝食をともに交流を図りながら広範囲にわたる調査を行った。晩年に交友のあったオランダ人の医師で博物学者のシーボルトは「18世紀日本で最も傑出した探検家」と評している。ちなみに、彼の偉大な業績を知ることができる『最上徳内記念館』の池の形はなんとも不思議な形をしている。答えは空から見ると分かるのだが、是非航空写真バージョンのマップサイトなどで拡大して確かめてほしい。

 

編集長は今回の特集をこう締めくくる。「アイヌ文化という面から山形を改めて違う側面で見ることができました。奇しくも読者の皆さんから似たような感想を多く寄せていただいたことを嬉しく思います。今回調べていると、北海道内はともかく、道外になった時にアイヌの人々の存在が一気に不明瞭になったことが不思議でした。山形に残るアイヌ文化から、私たちの祖先もアイヌのかたと交流があったことを意識せずにはおれません。じつは知らなかったり、隠されているだけで、アイヌの血が私たちにも流れているのでは」

 

平成28年3月内閣官房アイヌ総合政策室が作成した「国民のアイヌに対する理解度についての意識調査」報告書によれば、山形在住のアイヌの血を引く対象者は0人、東北内居住者も0人という回答だったとのこと。自らはアイヌに誇りを持ちながらも、周囲には明かしづらい現実がそこにはあるのかもしれない。自然との共生を大事にしてきたアイヌの人々から我々が学ぶべきこと。それは、多様な価値観や文化を受け入れ、それらを継ぐ人々を尊重し、共に生きることなのではないだろうか。

 

北方を探検する際にアイヌの人達と寝食を共にし、アイヌの協力を得ながら調査を行った縁から、記念館の敷地内には、アイヌの住居であるチセが復元されている。

 

最上徳内記念館)村山市中央一丁目2-12 TEL/0237-55-3003 営業時間/9:00〜17:00 休館日/水曜、年末年始


関連記事

上へ