チマタの話題
鶴岡市で生涯を通して心象画を描き続け、庄内地域の「芸術文化」を育んだ、洋画家の故・今井繁三郎氏(1910~2002)。具象、抽象を織り交ぜた奔放な画風で知られる、山形県を代表する画家のひとりだ。晩年、取り壊しの予定だった鶴岡市山王町にあった豪商の土蔵を買い取り、現在の一本松の地を開墾して移築。苦難の末に、自作を常設展示する『今井繁三郎美術収蔵館』を開館した。
没後から12年経った2014年12月に管理運営が困難になり一時休館したが、2016年4月に今井氏の孫をはじめ、親族やゆかりの人らで組織された「羽黒・芸術の森運営会議」が、再開への取り組みを本格化。「かつて祖父を慕う人が集い、サロンができていた。こんどは私たちが人の集まる場所をつくる」と、クラウドファンディングを活用し美術館を再開、1階は貸しギャラリーや貸しホールとしても利用できるように。さらに、旧裁判所の執務室を移築した今井氏の旧アトリエである「工房いずみの」を改装し、2018年6月14日にレストラン『oven Kato(オーブンカトウ)』と、併設する貸しスペースをオープンした。

親戚がリメイクしてくれたという、吉祥寺時代の看板。丸い板は釜の蓋を再利用。

「鶴岡での暮らしは、なにしろ心身にゆとりが持てている。快適ですね」と語る博紀さん。

写真はスパイシーな挽肉と野菜たっぷりのタコライス。ランチタイムには、旬材をいかしたチキンカレー、タコライス、ラザニア、焼カレー、本日の定食などのメニューが揃う。

開業までの苦労を語るお二人だが、その表情からは充実感が滲み出ていた。
“食”と“創作”が共存する場、「羽黒・芸術の森」がオープン。
緑が生い茂り羽黒の原風景が広がるロケーション。目印の立て看板から『羽黒・芸術の森』のなかへ農道を進んでいくと、江戸中期の鶴岡の文化を色濃く残した「今井アートギャラリー」の白い土蔵が見えてきた。隣接する旧アトリエ「工房いずみの」で迎えてくれたのは、今井氏の孫である加藤あさ野さんと夫の博紀さん。「ovenKato(オーブンカトウ)」は、二人が東京・吉祥寺で営んでいたレストランの名前だが、あさ野さんが幼い頃から慣れ親しんだこの“アートの森”を何とか残したいという想いをきっかけに、東京の店を閉めて夫妻で羽黒町に移住。親族や有志の協力を得て、店名はそのままに工房内にレストランを開業したのだ。
二人とも東京生まれの東京育ちだが、幼少のころからよく山形に帰省していたあさ野さんとは対照的に、それまで山形には縁もゆかりもなかったという博紀さん。しかし、あさ野さんが抱く故郷への強い想いを感じとったことで、移住の決断は早かったという。
「芸術、絵画は次の世代のためにある」「子どもや若い世代に共有される空間をつくる」という今井氏の想いを引継ぎ、今後も店内の貸しアトリエの併用や、地元の人たちが企画するクラフトマーケット(市)にも積極的に協力し、人が集いネットワークを深める「芸術の森」として、地域の人たちに愛される場所になれたら語るお二人。故郷の文化と人を愛した今井氏の想いを胸に、氏がのこした芸術空間を次代に継承するための挑戦ははじまったばかり。
「衣食住が足りれば人は生きていけますが、心が動かないと本当の人として成り立たちません。美術館・アトリエ・庭で構成される『羽黒・芸術の森』は今井の生き様そのものです」とあさ野さん。この場所を繋いでいこうと決めたのは、生前の今井氏の背中を見ていたことで「よりよく生きる」という信条が、孫達に根付いていたからと語ってくれた。

庭に瓦が敷かれ整備された「今井アートギャラリー」入口。

江戸中期の見事な柱や梁が残された、土蔵造りの静かなギャラリー。

今井繁三郎氏の絵画が常設展示されている2階ギャラリー。

今井氏が生前使用した画材や絵画も『oven Kato』店内に飾られている。

無垢材を用いた開放感ある『oven Kato』店内。ワークショップやマーケット(市)も定期的に開かれる。

「工房いずみの」の縁側で。四季の移ろいを肌身で感じられる環境だ。

ovenKato
0235-64-8663
11:00~17:00
定休:月曜(臨時休あり)
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