2025.11.30

腹痛を鎮めるありがたき地蔵だが、その正体は五輪塔。これはいかに「太腹地蔵」

2025年12月号（254号）
特集｜カラダに効く、効いた　逸話のもとへ
山形県東根市内各地

祈りを捧げる場所へ（その壱）

作家・黒木あるじさんと往く、不思議をめぐる探訪旅。今回は「病」を抱えた先人たちが、平癒を願って祈りをささげた現場を訪ね、その逸話の由来を紐解きます。暮らしと健康に密接にかかわっていた知られざる郷土の物語をお届け。

いまもむかしも避けられないもの

病気や厄は予告されるものではなく、ましてや自らの意志で避けられる類のものでもない。医学の進歩によって、治療や予防の域は現在進行形で大きな進化を遂げているとはいえ、どんな病も完治する魔法の薬は人類にとっていまだ夢物語の存在だ。

大森山山麓のタイパラ地蔵の近くにある山道を登っていくと、大森山の南山麓にホイト（乞食）穴と称する洞窟を見学するあるじさん。岩面は火を焚いたあとの煤がこびりつき、じっと見ていると口を開いた人の顔のようにも見える

信じるチカラこそ平癒への近道か

だからといって何もせず、ただ病に蝕まれていくことを良しとするのは否だ。神様仏様に祈りを捧げ、降りかかった厄を取り払おうと手を合わせる。そうした気持ちや土着の習わしこそが尊く、いまなお大切にされている所以ではないだろうか。

東根市内７ケ所に点在する五輪塔群は別名「太腹（タイパラ）地蔵」と呼ばれ、なかでもひと際大きい塔がこの「大森山麓のタイパラ地蔵」。あるじさんも想像以上の大きさに驚いていた

あるじルポ／腹痛を鎮めるありがたき地蔵だが、その正体は五輪塔。これはいかに

東根市に点在する〈タイパラ地蔵〉は「表面の石を削って飲めば腹病みに効く」とされていた。それを信じて多くの者がこぞって削ったのだろう、いまや原型を留めているものはわずかしか存在しないのである。いかに人々が腹痛を恐れていたか判るというものだが、不思議なのはその効能だけではない。この石仏、どう見ても地蔵ではなく五輪塔なのだ。なにゆえ、石塔は地蔵と呼ばれるようになったのだろうか……。

山形県地理名勝史蹟集成―北村山郡之巻―』によれば、東根市西原のタイパラ地蔵は源頼朝が奥州征伐した際の戦没者を供養した塔なのだという。それを踏まえて見返せば、タイパラ地蔵が建っているのはほとんどが街道沿いである。旅先で亡くなる者の多かった時代、人々は無念の死を遂げた先人に思いを託し、腹病みで旅を中止することのないよう手を合わせたのだろう。それがいつしか地蔵菩薩という人格を伴った──と考えれば、奇態な名前も妙に納得できるというものだ（黒木あるじ）

大森山麓で削り出されたであろう柔らかい凝灰岩で造られているため風化が進んでいた「大森山麓のタイパラ地蔵」だが、ほかの五輪塔と比較しても異常なほどに大きく、その迫力に圧倒される

大森山麓の太腹地蔵から山手へ行くと凝灰岩の垂直な岩壁が現れる。近くにある磨崖仏の大岩も、麓を下ったところにある「大森山麓のタイパラ地蔵」も、もとはこの岩壁周辺から切り出した岩なのだろう

大森山麓の太腹地蔵から山手へ行くと現れる磨崖仏は鎌倉時代末期の作とされる。岩質は軟らかい凝灰岩ということもあり、こちらも風化が進んでいるが、その堂々たる迫力に衰えは感じられない

幅約6.5mの大岩は押し寄せるような迫力がある。上段は五智如来。四体の仏像が線彫りされ、蓮華台の部分など一部には色彩が施された跡も見られる。残る一体の左端の像は理由は定かではないが未完成のまま。下段には六地蔵が刻まれている

磨崖仏後方にある「ホイト穴」。小さな磨崖仏がホイト穴の左上部にも見られるというが、目視ではなかなかコレだとは認識できなかった。この地方に磨崖仏は少なく、山寺とこの大森山だけであり、手前にある五智如来の磨崖仏とともに貴重な石造物といえる。

関山に通じる旧道沿いも探索。東根市の沼沢地区と悪戸地区の境界に人知れず佇むタイパラ地蔵。

あるじさん「タイパラ地蔵さん、こんにちは〜！」　タイパラ地蔵「おっとととっ！ひさすぶりに人きてけだがら、たまげだっだたなぁ！（久しぶりに人が来てくれたので驚いたよ）」　崩れずに微妙なバランスで踏ん張る、悪戸のタイパラ地蔵。近くには山形県の境界標石が打たれていた

民間信仰を集めた謎多き五輪塔
太腹地蔵（たいぱらじぞう）

関根、大森山麓、羽入、蟹沢、小林といった東根市内の７ヶ所に鎮座。水輪（塔の丸い部分）を削って飲む民間信仰が残る。柔らかい凝灰岩で造られているため風化が進んでいるが、そのなかでも、比較的よく原型をとどめているのが「大森山麓のタイパラ地蔵」。五輪塔としてはかなり大型であることや、造立の趣旨や時代がはっきりしないことから謎の五輪塔とも呼ばれている。「悪戸のタイパラ地蔵」もやはり天童と関山を繋ぐ旧道沿いの沼沢地区との境目に鎮座しており、旅の安全を祈る道祖神的な意味合いもあったのかもしれない。また、関山地区に近い天童市山口でも凝灰岩を煎じて間欠熱の妙薬としていたという似たような風習があったという。
大森山麓のタイパラ地蔵　東根市乙（県道304号沿）
場所はこちら（GoogleMap）
悪戸のタイパラ地蔵　東根市沼沢（旧関山街道沿い）
場所はこちら（GoogleMap）

タイパラ地蔵は、五輪塔を人間の形にたとえ、水輪の部分が太った腹部に見えることから太腹→タイパラといわれるようになったようだ。ちなみに、五輪塔はもともと五つのパーツで構成されており、真言密教において森羅万象を構成する要素である空風火水地（キャカラバア）の五大、いわゆるフィフスエレメンツを象徴する五つの種字を列挙したもの。インドから伝わった仏教には古来から宇宙は、「キャ（空）」「カ（風）」「ラ（火）」「バ（水）」「ア（地）」で成立しているという考えがある。

作家　黒木あるじ
青森県出身山形県在住。東北芸術工科大学卒業。同大学文芸学科非常勤講師。2010年に「怪談実話　震（ふるえ）」でデビュー。著者に「黒木魔奇録」「怪談四十九夜」各シリーズのほか、ノベライズ作品「小説ノイズ【noise】」や連作短編「春のたましい神祓いの記」などミステリー作品も手がける。河北新報日曜朝刊にて小説「おしら鬼秘譚」を連載執筆中。