だれかの散文

2018.9.14

第6回:瀬川昌治監督との想ひ出


渥美清主演「喜劇・列車シリーズ」(東映1967~68年3作)、谷啓主演「競馬必勝法シリーズ」(東映67〜68年3作)、フランキー堺主演「喜劇・旅行シリーズ」(松竹11作)等、映画48本を手がけ“喜劇映画の名手”と謳われた瀬川昌治監督が、2016年6月20日に90才で亡くなってから早や2年が過ぎました。

 

テレビドラマも山口百恵初主演の「顔で笑って」(1973)の好評を受けて、1970年代~80年代には山口百恵主演「赤いシリーズ」や「スチュワーデス物語」などのヒットシリーズを手掛け、一方では「Gメン’75」、「夜明けの刑事」、「キイハンター」など刑事ドラマにも手腕を発揮。瀬川監督の盟友・フランキー堺主演「赤かぶ検事奮戦記」なども手掛け、90年代以降も高嶋政伸主演「HOTELシリーズ」や「新幹線物語シリーズ」などを送り出しヒットメーカーの名を欲しいままにしました。

 

瀬川監督に荒井インタビュー(瀬川監督のいずみスタジオにて2013年4月)

 

瀬川昌治監督の自宅近く、行き付けの喫茶店で。

 

その瀬川監督が、山形県米沢市出身の喜劇俳優・伴淳三郎が助演の斎藤寅次郎監督「大当たりパチンコ娘」(1952)で4th助監督についた撮影時に知己を得て、翌年、伴淳主演の佐伯幸三監督「名探偵アジャパー氏』(1953)でチーフ助監督を務めてから伴淳三郎と親しく付き合うようになり、瀬川監督の「喜劇 競馬必勝法シリ−ズ」(東映1967〜68年3作)、「喜劇・旅行シリーズ」(松竹1968〜72年11作)では助演として2番目にクレジットされる役を演じていました。その付き合いは、プライベ−トで伴淳さんと一緒にかみのやま温泉に逗留する程のものでした。因みに伴淳さんが亡くなった1981年10月26日は、瀬川監督56歳の誕生日でした。

 

「伴淳映画祭2010」荒井と瀬川昌治監督のトークショー。

 

伴淳さん所縁の上山競馬場で左は「伴淳映画祭」代表の酒井和昭さん、瀬川昌治監督、荒井。

 

伴淳映画祭が2回目を迎える時に、伴淳さん所縁の映画人ということで、瀬川監督にゲスト参加を依頼したら快諾して下さり、2007年から13年まで7年連続で「伴淳映画祭」に参加して下さったのでした。初参加の時の瀬川監督は既に81歳でしたから最後は米寿の年にいらして下さったのでした。80代半ばから後半になっても驚くべき記憶力と頭の回転で立て板に水の如く戦前からの映画・演劇界のことや、伴淳さん始め鶴田浩二、三國連太郎、佐久間良子、丹波哲郎、フランキー堺、谷啓、梅宮辰夫、宇津井健、三浦友和、山口百恵、水谷豊、高島政伸、学習院初等科から高等科まで一年先輩の三島由紀夫など、関わりの深かった俳優や監督などの話を余すことなくして下さったのでした。

 

『伴淳映画祭2013』でトークショー荒井と瀬川昌治監督。

 

毎年、私を相手にトークショーをするなかで、映画全盛の頃は映画会社に大部屋制度があり端役に至るまで俳優に力があったが、今は力のある脇役俳優が圧倒的に少なくなったことに行き着き、それをきっかけに、2009年春には「瀬川塾」を開校。俳優養成にも心血を注ぐようになりました。2012年3月には、瀬川塾3周年記念特別公演として、鈴木聡 作「凄い金魚」を築地ブディストホールで3日間公演し、塾生の指導も兼ねて当時86歳の監督は精力的に演出をされていました。その年の「伴淳映画祭2012」は《米沢シネマステージ》として開催。瀬川監督は、トークショーの他に瀬川塾米沢臨時校のような形で「映画講座」を開き、8月の炎天下、受講生と街歩きをして擬似ロケハンをして下さいました。

 

2013年3月、築地ブディストホールで瀬川塾「凄い金魚」公演で塾生に指導する瀬川昌治監督。

 

プライベートでも親しくして戴き、九段下にあるご自宅近くの「九段一茶庵」で三色かわり蕎麦や鴨せいろ、ホテルグランドパレスではランチバイキングを、喫茶の名店「さぼうる」でコーヒー&ケーキをよくご馳走になったものでした。監督は戦後直ぐの日劇ミュージックホールのパンフレットや「カサブランカ」日本初公開時(1946年6月20日)のパンフ、ルビッチ作品等、古典的パンフを私に披露して嬉しそうに語って下さるのでした。日劇パンフにはまだテレビや映画に出る前の渥美清も掲載されていました。その殆どは、東大生時代に観たものを未だに保管しているのですから恐れ入ります。正に映画、演劇、芸能の世界の生き字引でした。

 

瀬川昌治監督自宅近く、馴染みの蕎麦屋一茶庵。

 

神保町ご自宅近くのホテルグランドパレスでランチをご一緒する瀬川昌治監督。

 

あと、監督は東大文学部英文科で学びましたが、野球部の外野手として東京六大学リーグで明治大学のエースが杉下茂、法政大学が関根潤三らを相手に活躍。野球小僧だった私と、野球談義にも花を咲かせたものです。
10年ほど前には、神奈川県の川崎ミュージアムで《瀬川昌治監督特集上映》が開催された時、「次郎長社長と石松社員」(1961年)上映後のトークでは、監督に頼まれて私が聞き手を務めたのも良き思い出です。
監督は、生涯で48本の映画を送り出しましたが「何とかあと2本撮って50本にしたい」と意欲を燃やし、次々と企画を出してはシナリオ化していきました。私が伺っただけで5作品。私に映画の構想、物語や配役など熱く語る監督は青年のようでした。「伴淳映画祭2012」でゲスト参加された大杉漣さん、松原智恵子さんと懇親会で一緒になり、初対面の漣さんに企画している新作映画への出演依頼をし、漣さんも「喜んで!」と引き請けるという嬉しい場面もありました。松原さんとは能瀬慶子主演の伝説?のドラマ「赤い嵐」(1979年11月〜1980年3月)等でご一緒しているので、勿論依頼されていました。

 

「伴淳映画祭2012米沢シネマステージ」懇親会で松原智恵子さん、瀬川昌治監督、大杉漣さん。

 

「伴淳映画祭2012」で松原智恵子さん、瀬川昌治監督、大杉漣さん(米沢市小野川温泉 寿宝園にて)

 

老人介護の仕事に誇りを持って取り組む若者の物語を山形で撮ろうという企画もあり、具体的に話が進みかけた時もあったのですが、実現出来なかったのは返す返すも残念です。現在、私の手許には3作のシナリオが残されました。
2013年の「伴淳映画祭」を最後に体調を崩され米沢には来られなくなり、残念ながら2016年6月20日に90歳8ヶ月で永眠されたのでした。

 

瀬川昌治監督の九段スタジオ前にて。2013年7月

 

瀬川昌治監督が不在となって5回目の「伴淳映画祭2018」が10月6日(土)に米沢市市民文化会館で開催されます。プログラムの中にあります13時50分からの「伴淳映画祭ヒストリー」は7年連続で参加下さった瀬川昌治監督の他に、2008年参加の淡路恵子さん、2012年の大杉漣さんと過去にご尽力、貢献戴きながら亡くなられた方々の映画祭での在りし日のお姿をスクリーンに上映し追悼したいと思います。
上映〈1〉10:30〜『兵六大臣行状記  漁色のこよみ』(森美智夫 監督、昭和36年、80分)
上映〈2〉12:45〜『伴淳の三等校長』(永塩良輔 監督、昭和34年、52分)上映
トーク  13:50〜「伴淳映画祭ヒストリー」
上映〈3〉15:00〜 『ハワイ珍道中』(斎藤寅次郎 監督、昭和29年、88分)
入場料金:前売通し券 2,000円(当日券 2,500円)、大学生 当日 1,000円(通し券)、高校生以下は無料

 

今年開催される「伴淳映画祭2018」ポスター

 

また、瀬川監督がこよなく愛して7年連続で参加して下さった「伴淳映画祭」を継続するために、クラウドファンディングでご協力を仰いでおります。
https://readyfor.jp/projects/banjun

 


幸博荒井

プロフィール:

荒井幸博

1957年山形県山形市生まれ。地元での銀行員、自主上映及び映画館スタッフとして勤務し、1995年4月から独立。山形を拠点にシネマ・パーソナリティとして映画の魅力の醍醐味を語り、執筆し、映画ファンの裾野拡大に奮闘中。

公式サイト「いい日。ミーハーでいこう」
http://www.araiyukihiro.com

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