だれかの散文

2018.12.21

第8回:女優 浅丘ルリ子さんとのおもひで


女優・浅丘ルリ子さんと10年前から親しくさせて戴いています。

ルリ子さんは日活の井上梅次監督『緑はるかに』ヒロイン・オーディションに3千人の中から選ばれ、1955年5月8日公開『緑はるかに』で、14歳10ヶ月で主演デビュー。

以来、小林旭主演『渡り鳥シリーズ』や、石原裕次郎主演『赤いハンカチ』等ムードアクション映画、そして赤木圭一郎、高橋英樹、和田浩治、渡哲也、浜田光夫らの相手役を務めるだけでなく、『愛の渇き』『執炎』等のヒロイン映画にも主演。151本の日活作品に出演し、日活の屋台骨を長年支え続けました。日活を離れたあとも、テレビドラマと並行して石原プロ、松竹、ATG、大映、東宝など映画各社の作品に出演。

 

『検察側の証人』仙台公演後、トラストシティ・プラザ前で(2010年11月9日)

 

70年には、三船敏郎、石原裕次郎、勝新太郎、中村錦之助という、当時 独立プロを構え一国一城の主となったかつての東宝・日活・大映・東映を代表する4大スター競演と話題になった『待ち伏せ』に、主要キャストの女優として唯一出演。日活のヒロインから名実共に日本映画界のヒロインとなったのでした。

 

2000年代になってからも『木曜組曲』(主演’02年)、『博士の愛した数式』(助演’06年)、『早咲きの花』(主演’06年)、『ジーン・ワルツ』(助演’10年)、『デンデラ』(主演’11年)と映画に出演。テレビドラマは、昨年NHK大河ドラマ『おんな城主 直虎』で寿桂尼、テレビ朝日『やすらぎの郷』では往年の大女優を演じて健在ぶりを示しています。

 

80年代半ばからは、活動の中心を舞台に移し、蜷川幸夫演出作品を中心に、毎年主演の舞台を務めています。2006年『おかしな二人』で、山形市出身の渡辺えりさんと初共演してから、2008年も『恋はコメディ』で再共演。同年3月7日には山形県民会館で公演。勿論、観にいきましたが、未だ大輪の花のように咲き誇っていました。

 

『渇いた太陽』公演後楽屋にて(2013年12月22日)

 

この舞台を拝見して、意を決してルリ子さんに手紙を出したのでした。

私は、2004年から08年にかけて、山形県東根市の東根温泉で開催していた【ひがしね湯けむり映画祭】をコーディネイトしていました。この映画祭は毎年 映画人をゲストに招き、ゲスト作品を上映するだけではなく私が聞き手を務めるゲストのトークショーが目玉となっていました。

 

第1回ゲストは、親しくお付き合いをさせて貰っていた、おとなり村山市出身の村川透監督をオープニングで、そして親しかった俳優・赤塚真人さんをクロージングに招きました。第2回が、やはり個人的に親しい大杉漣さん。第3回が10年前に松竹大船撮影所『虹をつかむ男』撮影現場でお会いしていた倍賞千恵子さん。第4回は、その5年前に「あきた十文字映画祭」でインタビューをして、映画への真摯な想いを語ってくれた佐藤浩市さんでした。

こうしてみると第2〜4回までの流れが、“現役バリバリの映画俳優”と“映画界を代表する大女優”という交互のローテーションができていたので、第5回は大女優の番。私は迷うことなく浅丘ルリ子さんに白羽の矢を当て、所属事務所に依頼の手紙を送ったのでした。

 

私が、ルリ子さんファンになったのは日活映画によってではなく、日本テレビドラマ『2丁目3番地』(1971年)、『3丁目4番地』(’72)、『冬物語』(’72)、『さよなら・今日は』(’73)でした。その、スレンダーで凛とした美しさ、口跡のいい語り口に、中学生の私はたちまちファンになりました。そして、1973年『男はつらいよ 寅次郎忘れな草』にマドンナ役で出演。そこでルリ子さんが演じた旅回りの歌手リリーに、私は益々魅せられていったのでした。

ルリ子さん演じるリリーは、シリーズ最後の第48作『寅次郎 紅の花』(’95年)まで、歴代マドンナ最多の4作品に登場する程人気はダントツ!そのルリ子さんへの溢れんばかりの想いを手紙にしたためたのでした。

 

ルリ子さんは講演やトークショーはなさらないことは存知ていましたが、当たって砕けろの想いでした。程なく、事務所社長から電話がありました。当時ルリ子さんは博多座で座長公演の真っ只中。手紙を転送したら「浅丘があなたの手紙に感激して、そちらに伺います。と言っています」と承諾の返事。私は狂喜乱舞!天にも昇る想いでした。

 

映画祭での上映作品は、ルリ子さん日活映画出演百本記念作『執炎』(日活’64 蔵原惟繕監督)、石原裕次郎主演『銀座の恋の物語』(日活’62 蔵原惟繕監督)、小林旭主演『赤い夕日の渡り鳥』(日活’60 斎藤武市監督)、『男はつらいよ 寅次郎相合傘』(松竹’75 山田洋次監督)の4本。どれも、ルリ子さん出演の選りすぐりの代表作。

ポスター・チラシを作成し普及。チケットも早々に完売し、あとは本番を待つばかりという1週間前、事務所社長から「浅丘が、30年位前に主演した『渚の白い家』(松竹1979年 斎藤耕一監督)を観たいと言ってるので何とかしてもらえないか」との電話。今更、作品変更はできないのでルリ子さんのためだけの上映をやるしかないと肚を括り、配給会社に事情を話し、安くフィルムを出してもらえるよう依頼。担当者は事情をよく理解して下さり、営業試写の名目で出してくれたのでした。

 

『第5回ひがしね湯けむり映画祭』ポスター

 

そして、ルリ子さんはマネ−ジャ−、付き人、ヘアメイクの四人を伴い、映画祭前日の2008年10月31日 午後3時13分、さくらんぼ東根駅に降り立ったのでした。初対面の私が「ようこそ、いらっしゃいました!」とお迎えすると「あなたの手紙が嬉しくて、感激して、やってきたわよ!」とルリ子さん。ルリ子さんの事務所社長からは伝えられていましたが、ご本人から直接訊かされると「本当だったんだ!」と喜びもひとしお。

会場の「花の湯ホテルコンベンションホール」で、ルリ子さんが観たがっていた主演映画『渚の白い家』を望み通りご覧戴いてから、一緒に夕食。ルリ子さんは、あまり多くは召し上がりませんが、好き嫌いなく、「美味しい、美味しい」と料理を食べられましたが、唯一、アーモンド・ナッツ類が食材に入っている料理だけはアレルギーになるとのことで箸を付けませんでした。

 

翌11月1日、『ひがしね湯けむり映画祭』当日。昼食は、東根市六田の麩料理の店「文四郎」で麩の会席料理をご一緒する。離れで、コスモスや田園風景を眺めながら麩料理に舌鼓。ここで、ルリ子さんから手作りのスワロフスキー・ビーズ携帯ストラップを贈られ感激!

その後は、神町の「斎藤果樹園でりんご狩り」。ルリ子さんは生まれて初めての体験ということで、甘酸っぱいりんごを美味しそうにかじられました。その後、樹齢1500年の大欅を見て戴く。そして、2時間後にトークショーを控え、部屋に戻られる際、ルリ子さんからネクタイをプレゼントされる。ピエール・カルダン製で色は水色ベースのペイズリー柄。新調した紺色のスーツを着る予定でしたのでピッタリ。またまた大感激!!

 

ルリ子さんはフレンドリーに接して下さるのですが、マネージャーが、大女優であるルリ子さんを気遣い、様々な制限を設けたのでした(マネージャーはこうでなければいけません!)。写真撮影はNG。私がトークショーの聴き手を務める時は通常90分なのですが、30分以内に抑えるというもの。もっと大きな事がありますが、それは後の話。浅丘ルリ子さんから東根にいらしていただいただけで有難いので、全て納得してトークショーに向かいました。午後5時、トークショーの始まり。

 

浅丘ルリ子さんと「ひがしね湯けむり映画祭」でトークショー(2008年11月1日)

 

私が先にステージに上がり、会場一杯の650人のお客さんと一緒に「ルリ子さ~ん!!」と呼びかける。一番奥の入口の扉が開くと、トルコブルーの衣装に身を包んだオーラ全開の浅丘ルリ子さんが登場。観客の握手責めで、なかなか花道を進めないルリ子さん。映画全盛期からスターとして歩んできた大女優の近くに行きたい、触りたいというファンの切実な想いが最初から現れる。こんなことは5回目の映画祭で初めての事。スタッフもルリ子さんをガードするのに必死。漸くステージに到達し、私も下に降りてルリ子さんをエスコート。そして、ルリ子さんがステージ上に立つと嵐のような拍手が湧き上がりました。

 

それから、少女時代の話、石原裕次郎さん、小林旭さん、赤木圭一郎さん、北原三枝さん、芦川いずみさん、吉永小百合さん、高橋英樹さん、浜田光夫さん、渡哲也さん、村川透監督、蔵原惟繕監督たちとの日活時代の思い出。三船敏郎さん、勝新太郎さんたち他社俳優との想い出からテレビドラマに進出して、石坂浩二さん、森光子さん、大原麗子さんたちとの話。『男はつらいよ』渥美清さん、倍賞千恵子さん、山田洋次監督のこと・・・舞台にいざなった、蜷川幸雄さん・・・のことをユーモアを交えノリにノッて話してくださり、約束の30分は簡単に通過、気づいてみれば90分が経っていました。マネージャーの顔を恐る恐る見ると笑顔。ルリ子さんが上機嫌ならOKなようです。

 

途中ルリ子さんが「この映画祭の上映作品4本全部観る予定の人に、手作りビーズストラップとブレスレット30個をプレゼントするわ!」と申し出て会場は大盛り上がり。退場も花道を通って戴く予定でしたが、ファンがルリ子さんの気さくな人間性に気付いたため、津波のように押し寄せてきたので、すぐ脇の出口から逃がすように退場して戴きました。

 

午後6時45分からは、映画祭協力者の方々80人との懇親会。事前に、地元の実行委員との懇親会出席の確約を得ていたのですが、実行委員が「浅丘ルリ子さんと食事ができる券」を1万円で販売していたことで、マネージャーが態度を硬化させ「浅丘は人前ではものを食べないので出席いたしません」と私に通告。「そこを何とか。市長もいらっしゃるので」と懇願。「では出席して市長の挨拶を訊いたら退席させます」とのやり取りを経ていたので沈鬱な想いで臨んだのでした。

 

会場では地元「東根工業高校調理科」の生徒が、ルリ子さんに振舞いたいと創作料理を会場で作っていました。ルリ子さんは料理もお好きで生徒たちの中に入り、気さくに話しかけたのでした。その様子を断り無しに撮影している中年男性がいたのでマネージャーを見ると、やはりルリ子さんが楽しそうなのでOK。撮影していた男性は校長先生でした(笑)

 

懇親会が始まり、最初にルリ子さんの前に運ばれた料理は高校生が作った一品。前日、ルリ子さんと食事をしていたのでアーモンドやナッツ類は、ルリ子さんが絶対口にしないことを知っていたので目の前の料理を見て驚愕!「鱒の稚魚のアーモンド揚げ」アーモンドにくるまれた鱒の稚魚が皿に横たわる、その料理を見て絶望的な気持ちになっていると、ルリ子さんは意に介すことなく頭からガブリと食べ「美味しいわねえ」と言ってくださったのでした。翌日、ルリ子さんの身体に蕁麻疹が出たことはいうまでもありません。その大きな優しさにまたまた大感激したのでした!

 

土田正剛市長の挨拶が終わり、退席されると思っていたら、ルリ子さんは「私も挨拶します」と自らマイクの前に進み出て「荒井さんもこっちに来て」と私を招き入れてくださり、如何に私の手紙が熱烈なものであったのか、それに感激して東根にやって来たら温かく迎えて貰い、大いに楽しめましたと謝意を表してくださったのでした。

席に戻り市長と談笑したら、ルリ子さんが「荒井さん、皆さんのテーブルを廻りましょう」と提案し、各テーブルを訪れ、卓ごとにお客様と写真に納まってから退席されたのでした。正に望外の喜びでした。

 

それからは、浅丘ルリ子さんは私の中で、憧れの女優さんから尊敬する頼りになるお姐さんとなり、その後も主演芝居のたびに上京し、観劇のあと楽屋にお邪魔したり、食事をご一緒したり、私がパーソナリティを務めるラジオ番組に電話出演や、広尾のご自宅を訪ねインタビューをさせてもらったりと、親しくお付き合いさせて戴いています。

 

天童市民文化会館でのトークショー後(2013年6月5日)

 

寅さんへ贈る言葉を朗読

 

トークショーも2013年6月には、天童市民文化会館を会場に「きらやか銀行」東北地区の取引先向け「きらやか経営セミナー」でトークショーをご一緒し、「寅さん(渥美清さん)のお別れの会」(1996年)でルリ子さんが読まれた弔辞を涙ながらに読んでくださいました。これは、リリーさんから寅さんへの切ないラブレターで、深く感動。

その余韻冷めやらぬうちに、私が畳みかけるように「リリーさんと言えば旅回りのクラブ歌手で『港が見える丘』を得意としてましたけど唄って戴けませんか」という厚かましいお願いをすると、快諾。『港が見える丘』を唄って下さったのでした。あわよくばと思いカラオケを準備していたのですが、もう一曲「愛の化石」もおねだりし唄って戴く光栄に浴したのでした。

 

「港が見える丘」を歌うルリ子さん

 

天童でトークショーをした翌日、神町の果樹園でさくらんぼ狩りを楽しむルリ子さん

 

正に、姐御です!この時は前日に東根市神町で、生まれて初めての’さくらんぼ狩り’を楽しんで貰いました。その後も、2017年12月3日にはNHK文化センター仙台教室でトークショーをご一緒し、日活時代の話からその年に出演したNHK大河ドラマ『おんな城主 直虎』寿桂尼や、テレビ朝日『やすらぎの郷』の話までされ、全国から参加した観客を喜ばせてくれました。トーク終了後30分以上経っているのに、沢山の出待ちのファンに取り囲まれ、握手や撮影に応えて下さったのでした。

 

NHK文化センター仙台教室でのトークショー(2017年12月3日)

 

NHK文化センター仙台教室トークショー後、出待ちのファンに囲まれるルリ子さん

 

撮影現場に陣中見舞いに訪れ、撮影風景を見学させても貰いました。2011年2月には『デンデラ』撮影中の雪深い庄内映画村(現スタジオセディック庄内オープンセット)で、大炎上する家を前におののくルリ子さん演じる斎藤かゆの場面を見学。そして2017年1月には『やすらぎの郷』が撮影されている東京 砧(きぬた)TMC撮影所を訪れ、ルリ子さんと石坂浩二さん、加賀まりこさん出演場面を見学。ルリ子さんとの出会いでこのように一層世界を拡げることができたのでした。

 

『デンデラ』撮影中の庄内映画村ルリ子さん専用テントにて待機中(2011年2月12日)

 

『やすらぎの郷』撮影現場 東京 砧「TMC撮影所」にて(2017年1月12日)

 

拡げると言えば、ルリ子さん関係の方々との出会いも次々と訪れたのです。ルリ子さんファンになるきっかけとなった『2丁目3番地』『3丁目4番地』はじめ、ルリ子さん主演の日本テレビドラマや『池中玄太80キロ』等の珠玉の主題歌を作曲した坂田晃一さんに、2013年10月9日に山形で対面。

 

作曲家 坂田晃一さんと山形市中央公民館ホールにて(2013年10月10日)

 

この年は冨樫森監督の映画『おしん』が公開。それに伴い『山形国際ドキュメンタリー映画祭2013』オープニングで山形交響楽団が、NHK朝のテレビ小説最高視聴率の『おしん』(1983)テーマ曲を演奏するという事実を知った作曲者の坂田さんが、プライベートで山形にいらして山形交響楽団リハーサルに立ち会い、指揮者の飯森範親さんにアドバイスをしていたのでした。司会を務める私もリハーサルを見学していたので、坂田さんに話しかけ、坂田さんが手がけたドラマ主題歌が如何に素晴らしいかを熱く語ったのでした。そしたら唯一残っていたという「坂田晃一テレビドラマ主題歌集」CDを頂戴したのでした。

 

竹野内豊さん、石橋冠監督と(2015年12月10日)

 

また、ルリ子さん主演一連のテレビドラマを演出した、石橋冠さんにも2015年12月10日にインタビューする機会に恵まれました。石橋さんが初監督した映画『人生の約束』(2016年1月9日公開)主演の竹野内豊さんとご一緒でしたが、ルリ子さんの事にも触れ盛り上がったのでした。

 

そして、前コラムで書いた「ビリー・バンバン」が唯一「紅白歌合戦」に出場したのが、ルリ子さん主演『3丁目4番地』(’72)主題歌「さよならをするために」によってでしたが、私が共に親しくさせて戴いているルリ子さんとビリー・バンバンが、ドラマ放送後46年間会ったことが無かったのですが、今年5月4日放送のテレビ朝日『決定版!これが日本の名曲だ!』で「さよならをするために」を共に歌う夢のデュエットが実現!テレビの前で、ひとり感慨にふけったのでした。

 

12月で女優生活63年7カ月の浅丘ルリ子さんですが、2019年4月からテレビ朝日で放送が始まる倉本聰原作・脚本『やすらぎの郷』(2016)の続編『やすらぎの刻~道』と、山田洋次監督が第1作目から50周年を迎えることを記念してメガホンを取る『男はつらいよ』最新作へも出演。

まだまだ大輪の花は咲き続けます。それぞれの放送と上映を刮目して待ちましょう!

 

【荒井が鑑賞した浅丘ルリ子さん主演の演劇】
2009年6月 『蜘蛛の巣』東京エレクトロンホール宮城
2010年11月 『検察側の証人』ル・テアトル銀座/東京エレクトロンホール宮城
2011年7月 『姉妹たちの庭で』シアタークリエ
2011年11月 『ニューヨークに行きたい!!』帝国劇場
2012年6月 『桜の園』渋谷パルコ劇場
2012年11月 『招かれざる客』ル・テアトル銀座
2013年12月 『渇いた太陽』シアタークリエ
2014年6月 『熱き心で突っ走れ!』五反田ゆうぽうとホール
2017年11月 『プライムたちの夜』新国立劇場

 


幸博荒井

プロフィール:

荒井幸博

1957年山形県山形市生まれ。地元での銀行員、自主上映及び映画館スタッフとして勤務し、1995年4月から独立。山形を拠点にシネマ・パーソナリティとして映画の魅力の醍醐味を語り、執筆し、映画ファンの裾野拡大に奮闘中。

公式サイト「いい日。ミーハーでいこう」
http://www.araiyukihiro.com

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