だれかの散文

2020.3.12

第22回:中原丈雄さんとの想ひ出


「前からお会いしたかったです」と握手の手を差し出されて、「何故?」と、どぎまぎしてしまったのが俳優・中原丈雄さんとの出会いでした。

 

中原丈雄さんは映画やテレビドラマで名バイプレーヤーとして長年活躍している役者さん。記憶に新しいところではNHK朝のテレビ小説『なつぞら』で、東京大空襲で妻を亡くして一人娘(北乃きい)を連れて東京から十勝に移住し、森の奥に住んで民芸品を作って生活している阿川弥市郎役。

吹雪の中、山田家に向かう途中で倒れていたヒロインなつ(広瀬すず)を娘と共に助けて家に匿う。彼は、戦前に教師をしていたが、生徒たちに軍国主義を教えたことに嫌気がさして教師を辞めて北海道に移住したのですが、この人物像は、中原さんが主演した2017年公開の映画、藤嘉行監督『明日へ -戦争は罪悪である-』で演じた、瀬戸内海の島の僧侶・杉原良善に通じていたので嵌まり役でした。

 

『明日へ -戦争は罪悪である-』ポスター

 

朝ドラは1996年『ひまわり』2007年『どんど晴れ』、2011年『おひさま』、2014年『花子とアン』にも出演。大河ドラマも2016年『真田丸』で、真田家二代に亘り誠実に仕えた重臣・高梨内記役が中原さんならではのもので、1年間を通して出演し続けていました。大河は、1993年『炎立つ』、98年『徳川慶喜』にも出演。また、NHK時代に大友啓史監督が手掛けた『ハゲタカ』(’07)、『白洲次郎』(’09)にも出演。フジTV『コード・ブルー -ドクターヘリ緊急救命- 2nd season』(’10)では、ヒロイン新垣結衣の父親を演じていました。さらに、山田洋次監督の『遥かなる山の呼び声』(1980)を阿部寛・常盤貴子主演でリメイクしたNHK BSプレミアム同名ドラマ(2018年11月24日放送)で、原作にはない常盤貴子さんの義父役でも出演されています。

 

映画では、1992年中島丈博監督『おこげ』で妻を持つ同性愛の中年サラリーマンを演じましたが、これがまた“ホンモノ?!”と思わせる程の名演でした。中原さんは「劇団未来劇場」で舞台俳優として活動していましたが、『おこげ』を契機に映像に進出することになります。

この中原さんの才能を早くから見抜いていたのが山形県村山市出身の村川透監督でした。1989年4月公開『もっともあぶない刑事』で中原さんを銃器密造業者で15年前の事件の大きな鍵を握る宮坂という重要な役で起用していました。ちなみに本作には本コラム第15回で紹介した俳優・須藤正裕さんも出演していました。

 

それでも、まだ俳優1本で生活するのは楽ではなく、得技の絵画を描くことを活かし、個展を開き絵を売ってしのいでいた時代もあったようです。個展は中原さんの名付け親のシャンソン歌手・石井好子さんの勧めでした。石井さんは中原さんが所属していた、劇団未来劇場の看板女優で主宰者の伴侶でもある水森亜土さんの紹介だったそうです。同様に美輪明宏さんからも可愛がられたそうですから魅力の程が伺えます。この頃は村川監督も何枚か絵を購入されたそうです。

 

この頃のエピソードとして、共に下積んでいた中原丈雄さんと大杉漣さんは当時どちらも吉祥寺方面に住んでいたため、映画やドラマで一緒になった時、撮影後の帰りのバスも一緒。漣さんから「近いうちに家内を九州の実家に帰郷させるんだけど、少し貸して貰えないか…」と頼まれたけど「オレもそんな余裕はないよ…」と断らざるを得なかった時があったそうです。

 

中原さんは1951年10月19日熊本県生まれ、漣さんは1951年9月27日徳島県生まれと、生年月日が22日しか違わないお二人は、共に地方から大学進学のため上京し、小劇団で長年活動。身長180cm近くで、中年になってから映画やドラマで売れっ子になったという共通点を持っています。中原さんは前述したように1992年の『おこげ』が契機となり映像に軸足を移すようになりましたが、誰しもが知る存在となるまでにはまだ時間がかかり
ました。

 

漣さんは、本コラム第2回で紹介したように80年代初頭からピンク映画、後半からはVシネマに多数出演していましたが、93年に北野武監督『ソナチネ』出演をきっかけにひと足早くメジャーシーンに躍り出ることになります。年齢は40代前半でした。それからの大杉漣さんの活躍ぶりは周知の処です。二人共、悪役が多かったのですが、漣さんは、顔・声などインパクトが強かったのですが、中原さんは悪役にしては顔が端正で声も優しいという一般人なら長所となる特徴がハンディキャップとなっていたと思われます。

 

ところが、50代になり頭髪が白く、やや薄くなってきた辺りから風格が増し、政府や警察、企業幹部役が多く舞い込んで来るようになりました。2011年公開の成島出監督『聯合艦隊司令長官 山本五十六 -太平洋戦争70年目の真実-』では山形県米沢市出身の第一航空艦隊司令長官 南雲忠一を演じたのはその最たるものと言えるのではないでしょうか。

 

そんな中原さんとの出会いの発端は、俳優・蛍雪次朗さんでした。村川透監督が2012年5月に『西村京太郎トラベルミステリー 山形新幹線つばさ129号の女』(11月3日放送)の撮影を故郷・村山市を中心に行った際、密着取材をする中で、私はワンシーン出演もさせて貰いました。

 

左から吉川清之さん、荒井、大城英司さん。天童市八文字屋内カフェにて(2012年6月15日)

 

その時、出演していた蛍さんに「蛍さんが出演した『猫のひげ』(2008)を観ました。同じスタッフ・キャストで新作を撮ったそうですね』と話しかけると、蛍さんは喜んで、その場でプロデューサー兼出演者の俳優・大城英司さんに電話をして、私に繋いでくださったのでした。その翌月6月15日には、大城さんと音楽担当の吉川清之さんが所用で天童に来たときにお会いし、新作『バナナとグローブとジンベエザメ』(矢城潤一監督)の話を伺ったのてすが、この映画の主演が中原丈雄さんだったのです。

 

『バナナとグローブとジンベエザメ』ポスター

 

この年11月19日には、大城さんが新作上映依頼のために山形市を訪れ、映画館ムービーオン山形に同行し、
吉村和文代表に協力要請をしたのでした。そして、翌2013年4月20日(土)から『バナナとグローブとジンベエザメ』が上映される運びとなり、初日に大城さんは中原丈雄さん、渡辺真紀子さん、黒田福美さん、原田佳奈さんを引き連れムービーオン山形にやって来たのでした。

 

左から大城英司さん、中原丈雄さん、黒田福美さん、原田佳奈さん、渡辺真紀子さん、矢城潤一監督『バナナとグローブとジンベエザメ』ムービーオン山形初日舞台挨拶にて(2013年4月20日)

 

その時に応接室にいらした中原さんと初めてお会いした時に、冒頭で書いたように「お会いしたかったです!」と右手を差し出されたのでした。訊けば、本コラム第20回で書いた田中邦衛さんと共に山形の旅をしたTV東京『いい旅・夢気分』(2010年6月23日放送)をご覧になっていたそうで、「田中邦衛さんを昔から尊敬していて、旅番組に出たことがない田中さんと親しくしている荒井さんてどんな人なんだろう?とお会いしたかったんです!」とのことでした。これも、役所広司さんやせんだみつおさんと同様に邦衛さんのお陰でした。

 

樽井ベーカリーにて中原丈雄さんの娘さん(2013年4月27日)

 

中原さんたちが勢揃いするなかで、FM山形『シネマアライヴ』でインタビュー。その後、皆さんは共演者で公開前に他界した故・馬渕晴子さんの遺影を掲げて舞台挨拶をして行かれたのでした。

夜は七日町の焼肉「丸源」で、米沢牛しゃぶしゃぶやすき焼きを食べながらの宴席をご一緒したのでした。この時、中原さんから娘さん夫婦が参宮橋で「樽井ベーカーリー」という美味しいパン屋を営んでいると伺ったので、1週間後の4月27日に、田中邦衛さん宅に伺う途中で樽井ベーカリーに寄って、邦衛さんへの手土産に娘さんからパンを購入して喜ばれたのでした。

 

左から荒井、仁科貴さん、中原丈雄さん、村川透監督夫人、渡辺真紀子さん、大城英司さん(前列 馬渕晴子さん遺影を抱いて)、黒田福美さん、矢城潤一監督、蛍雪次朗さん。《山形国際ムービーフェスティバル》ムービーオン山形にて(2013年11月14日)

 

大城さん・中原さんご一行は、その7ヶ月後の11月14日には、出会いの橋渡しをしてくれた蛍雪次朗さんと仁科貴さんを加えて再び《山形国際メービーフェスティバル》開催中のムービーオン山形にやって来たのでした。それから3ヶ月後の2月26日夕方、中原さんから突然の電話「ドラマの撮影で山形市に来ていて、七日町の丸源で食事しているんですけど、荒井さん、いらっしゃいませんか?!」のお誘い。夕飯を食べている途中でしたが、嬉しさの余り飛んで行きました。中原さんは独りでビールを呑みながら焼肉を食べていましたが、同席してご馳走になったのでした。

 

七日町『ペペルモコ』でギターを弾き唄う中原丈雄さん。

 

多勢正隆さんと中原丈雄さん。

 

中原さんは多趣味で、絵画のほかにバンドをやり、グループサウンズ(GS)やスプートニクス、ベンチャーズなどのカバーをやっているとの事(バンドをやっているのも大杉漣さんと共通していました)。そこで、丸源で食事をした後、近くのライブハウス「ペペルモコ」にお連れしたのでした。

 

荒井・中原丈雄さん山形市双葉町『山力』にて(2014年2月26日)

 

ここの当時のマスター多勢正隆さんは、1968年のGSブームの真っ只中に、山形の仲間を中心としたバンド「ザ・ガリバーズ」でメジャーデビューしメインボーカルとしてデビュー曲「赤毛のメリー」をスマッシュヒットさせた人でした。その後、紆余曲折あり、山形で「ヒットパレード」というライブハウスを長年運営した後、数年前から近くの地下店舗に移動し、名前も「ペペルモコ」と一新して、GS、ロック、ブルース、Jポップ演奏を楽しんでいたのでした。

 

中原さんを多勢さんに紹介すると、程なくセッションが始まりました。スパイダーズやオックスなどの曲を歌い大盛り上がり。その後、ペペルモコから山形駅西口山形三中北にある、友人が営む「山力」で刺身盛りや芋煮、寒ダラ汁を味わって貰いました。中原さんは、行定勲監督のWOWOWドラマ「平成猿蟹合戦図」の撮影で来形し、出番が終わり、翌日は現場に顔を出して帰るだけなので、「いくら遅くなってもいい!もう一軒行きましょう!スナックに行きたいなあ」と言われ、駅前の「芳屋」へ。そこでまた呑み語り明かしたのでした。

 

2016年4月14日夜と16日未明に、中原さんの故郷・熊本県が大地震の被害に遭いました。熊本の人たちを元気づけたい、復興の役に立てればとの想いから、2017年には同郷の行定勲監督が全編を熊本で撮影した映画『うつくしいひと サバ?』に出演。また熊本放送ラジオで『白岳prezents 中原丈雄のくまもとスピリット』を、2019年4月からパーソナリティを務めて、毎月郷里に足を運び熊本の人たちと触れ合っています。

 

荒井、中原丈雄さん、藤嘉行監督と新宿「島田村」前で(2017年7月20日)

 

荒井、中原丈雄さんと日比谷「炉端」にて(2018年7月24日)

 

藤嘉行監督『明日へ 戦争は罪悪である』(2017年)では戦時中、わが身の危険を顧みず一貫して反戦を訴え続けた実在の僧侶をモデルとした杉原良善を熱演。

2017年7月20日には、中原さんとメガホンを取った藤監督とともに、中原さん行きつけの新宿3丁目の焼鳥 「鳥田村」、参宮橋の韓国家庭料理店、寿司ダイニング店で、また翌年18年7月24日には、日比谷の老舗「炉端」でも中原さんと二人で呑み語り御馳走になったのでした。

 

中原丈雄さんエレキギター演奏「銀座TACT」にて(2018年12月24日)

 

北乃きいさんと荒井「銀座TACT」にて。

 

中原さんは毎年夏と暮れにライブハウス「銀座TACT」で、ご自身のバンドライブをやっていると訊いたので、2018年12月24日と19年6月6月28日に参加してきました。中原さんをリードギターにベース、サイドギター、キーボード、ドラムの編成でシャドウズ、スプートニクスなどのインストゥリーメンタルとスパイダーズ等GSナンバーを満喫するだけでなく、やはり観客として参加していた大城英司さん矢城潤一監督、藤嘉行監督、吉川清之さん(音楽家)、数年前にインタビューした北乃きいさん、10年前に仙台で浅丘ルリ子さんと食事をご一緒したミュージカル俳優の石井一孝さん、新作の度に4度インタビューをし、トークショーも一度ご一緒している成島出監督とも再会し、旧交を温めることができました。俳優・金井勇太さんとは、初対面ながら隣りあわせとなり、映画談義を楽しむことができました。

ステージに映画関係者が次々上げられ、中原さんが紹介しトークをして盛り上げるのですが、私まで呼んでいただきトークをさせて貰いました。

 

中原丈雄さんと荒井「銀座TACT」ステージにて

 

中原丈雄さんのライブ「銀座TACT」にて(2019年6月28日)

 

成島監督は前作『ちょっと今から仕事やめてくる』(’17)の後で胃癌を患い、闘病、克服して、太宰治未完の遺作『グッドバイ』映画化に大泉洋・小池栄子主演で取り組み、完成させたことを目を輝かせて話してくれました。その『グッドバイ』は2月14日に公開し大好評を博しています。成島監督、良かったですね。

 

荒井、中原丈雄さんとNHK文化センター仙台教室にて(2018年12月1日)

 

中原丈雄さんには、このライブ前の12月1日に仙台に来て戴き、NHK文化センター仙台教室特別講座でトークショーをご一緒しました。中原さんは後半にウクレレ弾き語りをするサービスぶり。生粋のエンターティナーなんですね。その日は山形県村山市「湯舟沢温泉旅館」に泊まり、またまた呑み語り明かしました。

 

作並温泉「ホテル グリーングリーン」前で

 

上山市楢下「こんにゃく番所」で(2018年12月2日)

 

翌日は上山市楢下の「こんにゃく番所」で“こんにゃく懐石料理”を味わって貰いました。仙台から山形の途中で作並温泉「ホテルグリーングリーン」に立ち寄りました。というのは、中原さんが未来劇場に所属していた40年前に1か月公演をしていたそうなのです。懐かしそうに外観やロビーを見渡し、想いに更けっていました。

 

中原さんが2016年1月から出演している山崎製パン「ゴールドシリーズ」CMは、絵を描いていたり、芝居を演出したりと中原さんの私生活の一端を観ているようですが、誠実さと優しさがそのまま伝わってきます。

 

中原さんとは出会ってからまだ7年目。同年齢で似たような歩みをしてきた大杉漣さんが、2018年2月21日に66歳で急逝されました。漣さんの分も長くながく俳優として活躍して欲しいものです。そして、また山形にいらして、絵の個展やバンドライブをやって欲しいものです。


幸博荒井

プロフィール:

荒井幸博

1957年山形県山形市生まれ。地元での銀行員、自主上映及び映画館スタッフとして勤務し、1995年4月から独立。山形を拠点にシネマ・パーソナリティとして映画の魅力の醍醐味を語り、執筆し、映画ファンの裾野拡大に奮闘中。

公式サイト「いい日。ミーハーでいこう」
http://www.araiyukihiro.com

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