特集の傍流

2017.7.11

新たな価値観で、島の未来をつくる若者がいます。

2017年8月号(154号)ふしぎの島、飛島。
合同会社とびしまの皆さん
山形県酒田市飛島

 ジオパーク認定を受けた今、飛島は注目すべき存在であり、観光客だけでなく移住する若者も増えている。そして、「しまびと」となった若者たちが立ち上げたのが、「合同会社とびしま」だ。島の自然や歴史、文化を保存・継承する活動から、野菜栽培や漁業手伝い、飛島みやげの商品開発と販売、地域食材にこだわったカフェの運営、観光ツアーの企画運営など活動は多岐に渡る。20~30代の若者たちが島の〝なんでも屋〟として奮闘しているのだ。

 

飛島土産が購入できる「島の駅とびしま」。商品の加工やパッケージのデザインなども彼らが手がけている。

 

青い看板が目印の島の地域資料館「島のミューゼアム澗(にま)」も、若者たちの提案でつくられた。空き家をリノベーションしており、島の歴史文化の保存・継承の活動を行う。

 

澗(にま)というのは自然の岩場を利用した船着き場のこと。人やものが集まって交流する場になってほしいという願いが込められている。

 

島民が社員で、住む=働く。とびしまのしまびとによる会社。

 設立のきっかけは、5年前の平成24年。のちに代表を務めることになる本間当(あたる)さんをはじめ、4人の若者が飛島に移住したことに始まる。飛島出身の本間さんは、東日本大震災を機に家業を手伝うためにUターン。渡部陽子さんはカフェスペース「しまかへ」の店長として、松本友哉さんが緑のふるさと協力隊として、小川ひかりさんが介護事業スタッフとして島に移住してきた。親睦もかねて集まるようになった彼らは、同世代の仲間たちで何かをしようと意気投合。翌年の平成25年に「合同会社とびしま」を立ち上げた。

 

「合同会社とびしま」の構成メンバーは、Uターン2名、Iターン6名の計8名。島民が今までやってきた仕事も引き継ぎつつ、様々なことに手を差し伸べ、その役割を担っている。写真は「しまかへ」で接客中の渡部さん。

 

同じく「しまかへ」を担当する三浦由人さん。TOP画像でもお分かりのとおり、調理も担当。

 

カフェスペース「しまかへ」。しまびとはカフェを「かへ」と呼ぶことからこの名前に。オリジナルメニューが食べられる島民の交流スペースでもあり、この島だからこそできるカフェを目指している。

 

若者が働く場をつくり、島の未来へつなげる。

 目指すのは島の再生であり、飛島の魅力を伝え、島の風景や文化を存続させていくこと。それには過疎化と高齢化が進み、子どもがいないという現状を断ち切らねばならない。

 

 

「私が小学生の頃は小中併せて100人以上は生徒がいたのに、5年前に戻ってきた時には休校状態でしたから。寂しいですよね」と本間さんは語る。若者が定住できる環境を整えれば、将来的に子どもが増えていく。その受け皿として「飛島に雇用をつくろう」とカフェの運営から始め、この4年で様々な事業を展開しながら若者の働ける場を生み出してきた。現在は島民の理解と支援の輪も広がっている。

 

「島人の仕事は、ほとんどが漁業。私はデザインの仕事もしていますが、一次産業の必要性に気づき、今年から漁師の見習いとして働いています。若い力が足りないのが現状です」(松本友哉さん)

 

観光ガイド中の小川さん。「一番知ってほしいことは、特定の場所というよりも、島の何でもない日常と、自然と共存する島の人たちのことです」と話す。

 

お土産として販売する「飛魚の焼き干し」の包装紙にスタンプを押す増田綾奈さん。週末は小川さんとともにガイドなども担当。「飛島の良いところは、いい意味で何もないところだと思います。ありのままを見て、何かを感じていただけたら」と語る。

 

しまかへの姉妹店「炭かへ」。飛島直送の魚介類を注文を受けてから目の前の囲炉裏の炭火焼で焼いてくれる。「おすすめはサザエのつぼ焼き、飛島の塩辛、飛島ゴドイモ焼酎などの地酒など。素材の味をぐっと引き出す炭火焼の奥深さを味わってほしいです」と担当の三浦慎平さん。

 

辿ってきた道は違っても、向いている方向は同じ。

「合同会社とびしま」のメンバーで飛島出身は、本間さんと渡部さんの二人のみ。大学一年生のときに民俗学の調査で飛島を訪れて魅力に惹かれていった小川さんや、地方に住みながらデザインをしたいと考えていた松本さんなど、移住に至った経緯はそれぞれ異なる。しかし、今こうして同じ方向を向いているということは、社員全員が島に生きるひとりとして、同じ思いを抱えているからこそだろう。
 昔から受け継がれてきた文化が今も息づき、それを日々の生活の中で感じられるのが飛島で暮らす魅力だという。「飛島で誇れるのはやっぱり人です。親しみやすい人柄は狭いコミュニティならではのもの。でも、子どもや若い人が少ないので、昔のような賑わいを取り戻すことが目標です」と本間さんは語ってくれた。

 

 
 

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