特集の傍流

2018.5.8

山形県内でも百箇所以上で皆を見守り続ける、慈愛の像。

2018年6月号(164号)山形の姥神に会いに行く。
山形の奪衣婆
山形県内

山形県内にも、実に百箇所以上の場所に存在する「奪衣婆」の像。そもそも奪衣婆とは、この世とあの世の境にあるという三途の川のほとりで、亡者の衣服を剥ぎ取る、恐ろしい存在として伝わっている。ちなみに三途の川の三途とは、川の三箇所の渡所のことで、生前の行いによって渡る場所が決まるといわれている。

さて、衣服を剥ぎ取った奪衣婆は、その衣服を、川辺の衣領樹(えりょうじゅ)で待っている懸衣翁(けんえおう)に渡す。翁は衣服を枝に掛け、枝のたわみ方によって亡者の生前の罪の軽重をはかるという。

 

斎藤茂吉の生家の菩提寺である、上山市宝泉寺蔵の「宝泉寺蔵地獄極楽図」より、剥ぎ取った衣がかけられた衣領樹の前にいる奪衣婆。図の御開帳は毎年1月16日と8月16日。箱書きには1853年(嘉永6年)の年記と、「十王軸物拾幅」とある。

 

衣服を剥ぎ取られた亡者はその後、彼らの生前の罪を裁く十人の王、十王たちの庁に送られて裁きを受けることになる。つまり、その裁判で亡者たちの罪を判断する材料を十王に提供するのが奪衣婆の役目であり、判断の基となるその内容次第で、裁きの内容、果ては自分が生まれ変わる世界が左右されるのだ。こうした伝承から奪衣婆像は、寺院などの十王堂の中に、十王の像とともに置かれるようになった。
冥土で最初に会うのがこの奪衣婆であるため、少しでも軽い裁きを受けられるようにと、奪衣婆は広く信仰されるようになった。民間信仰が盛り上がった江戸時代には、幕府より禁令が出るほど、あまりに盛んだったという。

 

このように、奪衣婆は本来、あの世に行ったときに、自分の生前の罪を軽くしてもらうため、あるいは、亡くなった人の追善供養のための、祈りの対象だったと考えられている。
しかし、あちこちで祀られている奪衣婆(姥神)には、子どもの咳や夜泣きが治るといったものや、母乳の出が良くなるといった、あの世ではなく現世の利益を与え、子どもや女性を見守る存在として信仰されているものもある。
これは、古くから日本にあった「姥神信仰」と、より新しい時代に語られるようになった「奪衣婆」とが混ざり合っているからだといわれる。これは一体どういうことなのだろうか。

 

泣き地蔵と呼ばれる奪衣婆(山形市錦町)。お参りをすると子どもの夜泣きが治るといい、かつて母親たちのお参りが盛んだった。

 

意味や信仰が重なり合い作られた姥神の世界。

 奪衣婆が祀られるようになったのはそう古いことではなく、数百年ほど前からのことだ。しかしそれより前に、年老いた女性、いわゆる「姥」への民間信仰として存在していた姥神と、同じ「姥」である奪衣婆をも姥神と呼んだことから、双方の間で人々の誤解が生じ、そのために、本来の奪衣婆の意味の姥神と、現世の利益を対象にした姥神とが同一視され、同じもののように扱われていったと考えられている。

 

また、それらをさらに複雑にしたのは、「姥」と「乳母」の混同、さらに「姥石」、「山姥」、「山の神」などの存在だ。日本には古くから、山姥や姥捨ての伝説に加え、姥と称される女性にまつわる宗教的伝説や、主人に忠実な乳母の逸話も数多い。さらに、山姥は山の神に仕える巫女だったという説、山の神は女性であるという俗信が、同じ女性の奪衣婆や姥神、乳母神などとの関係をより一層難解にし、新しい意味の信仰が生まれていったものと思われる。
それによって、霊山や霊域など、特定の場所や地域を守るため、あるいは女人結界の標のため、そして、来世や現世の利益を与える存在としてなど、奪衣婆のもつ役割も、様々に変化していったと推測されるのだ。

 

山の入り口や神社の参道にいる奪衣婆は、三途の川にいる奪衣婆と同じように、聖と俗の境界を示す役割もあるとされている。写真の奪衣婆は、神社の鳥居の前にある、小さな川の手前に座っている。「私を越えたら神域だよ」ということなのだろう。

 

姥としての奪衣婆に寄せた、親愛の情。

 奪衣婆は、「関の姥様」「咳の神様」などと呼ばれることもあるが、関とは何かと何かの境であり、咳は関と同音異義語であることから結びついたものと考えられる。「子どもの夜泣きや咳が治る」などは、姥と乳母が混同されたことを示すものだろう。姥も地蔵様と同様、子ども好きとされ、そこから子どもを救うという観音的性格が、姥である奪衣婆にも与えられるようになったとしても不思議ではない。
奪衣婆像は住宅地の近くにあることもあり、優しかったり厳しかったりする表情で、まるで町や人々の暮らしを見守っているようだ。今も百体以上の奪衣婆が残る山形県。それだけ、願いの形を変えながら、人々は奪衣婆を大切にしてきたのだ。

 

そんな奪衣婆は、具体的に山形のどこに行けば会えるのか? そんな声に応えるべく、「奪衣婆トレッキング」へと出かけた編集部。詳細は次の記事にて。

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