特集の傍流

2019.12.4

ほんの半世紀前の山形へ、ちょっとだけタイムスリップ。

2020年1月号(183号)時代を語る、やまがたの大人の社交場。
メガネハチヤ 店主 蜂屋孝司さん、記念日 店主 渡辺大輔さん、Lover Soul 店主 半澤ジョージさん、白ばら友社 代表社員 佐藤仁さん、ジャズ喫茶 OCTET 店主 相澤榮さん、芳賀晴之助さん、シネマパーソナリティ 荒井幸博さん、サンセットスタジオ代表取締役 早坂実さん ほか
山形県山形市、山形県酒田市

 1950年代後半からの、昭和の「黄金期」……。経済が右肩上がりに成長し、勤勉さと技術力を武器に日本のメーカーが世界へと躍進した時代。戦後の貧しさは影を潜め、昭和の黄金期を迎える。上山競馬場が1959年にオープンし、翌年には鶴岡市出身の柏戸関が横綱に昇進。仙山線が全線電化したのもこの年だ。そして1964年には山形県内、とくに庄内地方に甚大な被害をもたらした新潟地震が発生。復興もままならないなか、東京オリンピックが幕開けとなる。

 

2020を迎える前に、1964を振り返る

「もはや戦後ではない」と称され、日本人が豊かさを得た当時は、消費活動の大波が街や人々を活気づかせた。それまでは学生なら制服、大人は背広とカテゴライズされた装いが主流だったが、ファッションや音楽を自由に楽しむ若者が増え、独自のカルチャーが育ちはじめた。
 そのとき、山形の若者はいったいどんな場所でどんな時間を過ごしていたのだろう。バブル景気とともに始まった平成が過ぎ、迎えた令和元年も残りわずか。東京オリンピック2020が間近に迫ったいまだからこそ、東京オリンピック1964の時代の山形を振り返り、往年の輝きに触れてみたい。
 2020年1月号(12/5発行号)特集「時代を語る、やまがたの大人の社交場」。特集のレポートは順次更新していきます。お楽しみに。

 

※TOP画像は、昭和30年代頃の、七夕で賑わう山形市七日町周辺の様子。写真提供/蜂屋孝司氏

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