室町時代から一子相伝で受け継いできた在来野菜「甚五右ヱ門芋」

2026年1月号(255号)
特集|やまがた推し芋考
真室川町大沢地区

祖父母の畑で粛々と受け継がれてきた宝物

山形県北東部の最上地域では、昭和20年以前から栽培されている野菜で、なおかつ現在も自家採種などにより栽培され続けている野菜・豆類のことを「最上伝承野菜」と名づけて地域をあげて振興に取り組んでいる。

全国にファンを持つ「甚五右ヱ門芋」は、室町時代より佐藤家が代々受け継いできた里芋で、勘次郎胡瓜(かんじろうきゅうり)、畑(はた)なすなどとともに最上地区の伝承野菜のひとつ。550年以上にわたりたったひとつの親族でのみ、ひっそりと絶やさず種芋を継いできたということに驚かされる稀有なる作物だ。佐藤家の第20代目であり、『伝承野菜農家 森の家』の代表を務める佐藤春樹さんがその種芋を受け継いだのはおよそ18年前。新庄市の農業大学校の研修生だった頃から、重労働の多い稲作に難儀している祖父母の姿を見て、米以外の作物で祖父母たちの暮らしを助けたいと想い続けていた、せっかくなら他の人があまりやっていない作物を、との思いから、畑の隅で代々作られていた里芋に目を向けはじめたという。

畑から掘り取りされたばかりの「甚五右ヱ門芋」。機械は一切使わず、スコップを使った手作業の収穫だ。

そもそも「甚五右ヱ門芋」とは

里芋とひと口に言っても、ねっとり感が特徴の「土垂(どだれ)」、土垂より小ぶりで丸い関西で人気の「石川早生(いしかわわせ)」、京野菜の代表格であり煮崩れしにくい高級品「海老芋(えびいも)」、親芋と子芋が一体化して大きく育ち、お節の正月料理にもよく使われる「八つ頭(やつがしら)」、芽の部分が赤くて粘りが少ない炒め物向けの「セレベス(赤芽)」など、親芋・子芋の利用部位や粘り、食感、煮物・汁物・炒め物など用途によって日本では多様な里芋が親しまれてきた。

だが、「甚五右ヱ門芋」という品種は存在しない。その呼称というのは、佐藤家の初代の方の名前にあやかって春樹さんが名付けたブランド名なのだ。もともと家族が食べる分として栽培していた“家芋”の美味しさに気づいた春樹さんが少しずつ栽培量を増やし、いまや真室川の特産品として全国的に定評を得るまでになった「甚五右ヱ門芋」。真室川町大沢地区の土壌だけがこの味、この姿を育て上げ、種芋を冬越しする方法は一子相伝で門外不出だ。

里芋の加工場に隣接する古民家をリノベーションした『伝承野菜農家 森の家』のオフィスで、佐藤春樹さんからこれまでの変遷をうかがう。ちなみに『森の家』とは、古くから伝わる佐藤家の屋号だ
大昔の大飢饉の際、佐藤家ではこの甚五右ヱ門芋だけが実り、当家や地元の人々の命を繋いだ芋だと云い伝えられている
温度管理された貯蔵庫に株ごと泥付きのまま貯蔵されていた。別の貯蔵庫には庫内にビッシリと芋が貯蔵されていた

20株から3,000株へ。食のプロからアドバイスも

前述の通り、もともとは家族が食べる分として佐藤家本家の敷地内で20株程度の里芋を毎年栽培し、種芋を残してきた「甚五右ヱ門芋」だが、2009年当時に会社員をされていた春樹さんが「こんなに美味しい芋なんだから収量を増やして売り出したらもっと多くの人に美味いと言ってもらえるんじゃないか」という想いで専業農家に転身。米の圃場地を利用して植え付け、少しずつ栽培量を増やし流通することで、3年かけて3,000株まで増やした春樹さん。また、収穫量を増やすと同時に「江頭宏昌教授※1や奥田政行シェフ※2などに食べていただき、甚五右ヱ門芋の粘りやねっとり感といった食味の特徴を評価していただいた」という。さらには、甚五右ヱ門芋が持つ歴史的背景や味などの他に類のない高いポテンシャルを周知させるために、山形のクリエイター集団『アカオニ』とタッグを組み、パッケージデザインから“作物のアートマネジメント”にも関わるブランディングも同時展開。世代を超えたファン層を徐々に獲得していった。

※1/山形大学農学部教授・山形在来作物研究会会長の江頭宏昌教授。 ※2/「アル・ケッチャーノ」オーナーシェフ。庄内総合支庁「食の都庄内」親善大使

芋の掘り取りの様子。取材時は11月半ばであったが、山の麓である芋畑では時折雪が吹雪いてきた。さすがに雨天での収穫は行わないとのことだが、厳しい環境での作業となる
収穫した芋は軽く泥を落とす程度でトラックに積み込まれ、そのまま貯蔵庫へ。収穫時には葉は枯れた状態になるが、夏季は大人の背丈にせまるほどの大きな葉が畑一面に広がる

年間20〜30トンを出荷いまや里芋界のエースに

春樹さんは食のプロからのアドバイスを糧に、県内外の青果店や飲食店、旅館などに連絡。「100件以上はアプローチしたと思います。最初の年は唯一、県内のある旅館の料理長から〈いい芋だね〉と返事をいただき、同業会でまとめて使っていただくことができました」まさにそれが序幕となった。その後は地道な営業の成果が実を結び、徐々に全国から注文が入るように。いまの季節は出荷作業に追われつつ、収穫後の芋の株を保存し越冬に備えているところ。「種芋の保存方法もここ数年で確立してきたので、これからも皆さんに質、量ともに安定してお届けできるよう努めたいです」と話す。

コンテナ一杯ごとに芋を作業台に開け、小芋を取ったり選別する作業を複数人で延々と行う
親芋まわりについている子芋とその先についている孫芋なども分別。甚五右ヱ門芋は子芋、孫芋だけでなく親芋も食べることができる
一口食べると里芋の概念が変わる風味と食感。一度購入した客はがその味に魅かれてまた再度注文することが多くリピート率が高い。収穫シーズンは、選別から加工、出荷までフル稼働だ
皮つきのほか、水洗いして皮むきされた甚五右ヱ門芋も販売されている。その年の芋の収穫と出荷は10月から11月が繁忙期ではあるが、保存方法が確立されて通年購入することができるようになった

おいしい食べ方

一般的な里芋の特徴でもある皮と中身の間にあるヌメリが少なく、中身は柔らかいのに、濃密であることから煮崩れしにくい甚五右ヱ門芋。芋煮、唐揚げ、コロッケ、サラダ、グラタンなど、一般的な芋レシピで調理してももちろん美味しいが、最もおいしい食べ方と春樹さんがおすすめするのは「衣被(きぬかつぎ)」。皮に切込を入れて蒸して皮ごと蒸し、手でつるりと皮をむいてそのまま食べると本来の甘みと食感を最大限に感じることが出来るという。

衣被 皮を剥かずに、水をすこしふって大きさにもよるが5〜6個で表裏それぞれ4分ずつ電子レンジ温める。または蒸し器で蒸す
磯辺揚げ 『森の家』でオンライン販売も行う「甚五右ヱ門芋の磯辺揚げ」は、冷凍のまま揚げて塩と青のりをフリフリ
チーズおやき 蒸した芋を潰し、とろけるチーズ・片栗粉・塩少々を和え、油をしいたフライパンで焼く

伝承野菜農家 森の家
代表 佐藤春樹さん
山形県真室川町を拠点に伝承野菜「甚五右ヱ門芋」や「勘次郎きゅうり」などを育てる伝承野菜農家。『森の家』ウェブサイトでは作物の情報を発信するほか通販もできる。また、最上地域唯一の専業果樹農家であった親族の「荒井りんごや」を引き継ぎ『リンゴリらっぱ』を開業。りんごや果物を原料にしたジュースやシードルの製造販売を行っている。
伝承野菜農家 森の家
morinoie.com
りんごりらっぱ
ringorillappa.jp

gatta! 2026年1月号
特集|やまがた推し芋考

gatta! 2026年1月号
特集|やまがた推し芋考

(Visited 43 times, 17 visits today)