特集の傍流

2017.3.10

アマゾンと日本、そして山形。国は違えど、どこか似ている私たち。

2017年4月号(150号)アマゾンと、山形の人類遺産。
アマゾン研究所 所長 山口吉彦さん・山口考子さん
出羽庄内国際村(鶴岡市)

アマゾン・インディオの「インディオ」とは、ラテンアメリカの先住民族の総称の一つであり、先史時代には陸橋となっていたベーリング海峡を通ってユーラシア大陸からアメリカ大陸に渡ったアジア系人種(モンゴロイド)の末裔と考えられている。実際、インディオの中には日本人にそっくりな顔立ちをしている人もいるほどだ。

 

意外にも、地球の反対側には、日本・山形との類似点がありました。

1970年代当時、彼らの民族の数は120もあったとされているが、今では現地の開拓や開発により消滅してしまった民族もいる。どの民族もそれぞれ個性的な文化を持っていたが「彼らの生活は祭りと深く関わっていますが、どの祭りにも共通しているのは、自然の霊に対する畏敬の念・感謝の念です」と山口さんは解説してくれた。

日本には「八百万の神々」という言葉があるが、インディオの人々もまた、周囲の自然などに神が宿ると考え、信仰の対象もバラエティに富んでいたのだ。

しかし、その文化も失われてしまったものがほとんどである。かつてアマゾン民族館では、アマゾンの文化とその変化に関する歴史を通して、現代社会を知る手がかりを得たり、アマゾンと山形・鶴岡の類似点について専門家が紹介したりというセミナーが行われたこともあった。

それに倣い、山口さんにアマゾン・インディオと日本、あるいは山形との類似点をうかがうと、なかなか興味深いことがわかった。

 

周囲の自然を敬う、信仰のかたちがある。

自然界のあらゆるものに固有の霊が宿るという「アニミズム信仰(精霊信仰)」は、日本だけでなく世界各地に見られるものだが、自然への畏敬と感謝を忘れないインディオの人々にも、大樹や岩など、自然そのものに霊的存在を見出し、信仰する風習がある。山形にも山岳信仰をはじめ、自然を霊的なものととらえ、草木などにも仏性が宿るという「山川草木悉皆成仏(さんせんそうもくしっかいじょうぶつ)」の考えのもと、草木に感謝し、その成長を願って建てられたと伝わる、全国的にも珍しい石碑「草木塔」が置賜地方に特に集中して存在するなど、考え方に似たものが感じられる。

 

大木の前に立つ山口さん。インディオの人々の信仰の形は他の部族には分からないようにしている場合が多く、日本のように大樹にしめ縄をかける、社や祠を建てるということはしない。

大木の前に立つ山口さん。インディオの人々の信仰の形は他の部族には分からないようにしている場合が多く、日本のように大樹にしめ縄をかける、社や祠を建てるということはしない。

 

五穀豊穣を祈願して、神に相撲を奉納する。

相撲は日本固有の宗教である神道に基づく神事なので、現在も「祭り」として全国各地で奉納相撲が行われている。それは、健康な体と強靭な力に恵まれた男性が神前でその力を尽くし、神々に敬意と感謝を示す行為とされている。インディオの人々もまた、五穀豊穣を願い、田畑や自然の霊に対して相撲を奉納する習慣がある。神々への個性的な行事が他にも沢山ある彼らが相撲をとるというのは不思議な感じがするが、男性の強さを見せ、その強さを育むところの食料の出来高を左右する自然を敬うという日本の奉納相撲的な考えが同じように感じられるのは面白い。

 

自然の循環に適った農法、焼き畑を行う。

焼き畑は森林を伐採して焼き、年ごとに決まった作物を栽培し、土地がやせてきたら放置して再び森林に戻し、成長した森を再び拓いて畑にするという、20年以上かけて行う輪作だ。かつては日本でも山間地を中心に行われたが、現在では全国でも一部、山形県では鶴岡市などに限られている。熱帯の土壌はやせていて酸性であり、作物の栽培には向かないが、畑を焼くことで灰が中和剤や肥料となり土壌が改良される。「どうすればより土壌に栄養が行き渡るかを、インディオたちは経験的に知っているのです」と山口さん。焼き畑はデメリットばかりが着目されがちだが、森林を使うため、一般的な畑と比べ豊かな土壌微生物が生息しており、耕耘や施肥は不必要、さらにはコストもかからないと、理にかなっているのだ。

 

毒抜きや醸造も、古来からの方法で。

現地の主食はマンジョーカという芋をすり下ろして煎り、粉末にしたものだが、芋はそのままでは有毒なので、伸縮する筒状の籠にすり下ろした芋をつめて毒液を絞ってから加工する。日本にも生では有毒のこんにゃく芋があり、茹でてアルカリ液で固めなければ食べられない。また、今ではほぼ消滅しているが、古代は日本をはじめ世界中に見られた口噛み酒の方法で「マンジョーカ酒」を醸造している。

 

マンジョーカを絞ったものを煎っている様子。

マンジョーカを絞ったものを煎っている様子。

 

気づいてみると、道具にも類似点がありました

 

一見、すだれに見えてしまうが、これはハンモックを編んでいる様子。綿や麻、ヤシの繊維で作られて、高温多湿のアマゾンでは通気性が良く快適。

一見、すだれに見えてしまうが、これはハンモックを編んでいる様子。綿や麻、ヤシの繊維で作られて、高温多湿のアマゾンでは通気性が良く快適。

 

さらに驚かされるのは、彼らが使っている様々な道具の形だ。古い道具や民芸品が数多く残る、ここ山形。国は違えど、残されたものには同じような流れが感じられたのだ。

 

●カラジャ族の土人形≒鶴岡の瓦人形

 

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土人形と瓦人形、どちらも粘土を固めて形を作り、素焼きにして彩色を施した素朴な土人形だ。かつて鶴岡でひな人形として庶民の間で親しまれた瓦人形には、子に対する成長の願いがあるが、主に女性の生活風景を象ったカラジャ族のものは、多産や部族の繁栄を祈って作られた人形の原始的な姿が残っている。

 

●アパライ族の背負子≒庄内のばんどり

 

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背負子とばんどり、どちらも荷物を背負って運搬する道具で、編まれた模様も特徴的だ。特に祝いばんどりは色布や糸を編み込み美しく飾るが、インディオもリーダー格は自ら材料を集めて作り、着飾ったもの儀式で身につけて村人の尊敬や信頼を得る。意中の女性に贈る風習のあるばんどりと少し似たものを感じられる。

 

アマゾンの民具や道具の特徴として、ほとんどの道具に、部族ごとに個性的な模様が施されている。基本的なパターンは神話のキャラクターを変形したものであるなど、実に長い年月をかけて確立されている。これには、部族の神話に関するメッセージを子孫に伝える目的がある。

アマゾンの民具や道具の特徴として、ほとんどの道具に、部族ごとに個性的な模様が施されている。基本的なパターンは神話のキャラクターを変形したものであるなど、実に長い年月をかけて確立されている。これには、部族の神話に関するメッセージを子孫に伝える目的がある。

 

アパライ族の祭礼用円盤。祭礼用の小屋に取り付けられる円盤で、神話に由来する象徴的な絵が描かれている。

アパライ族の祭礼用円盤。祭礼用の小屋に取り付けられる円盤で、神話に由来する象徴的な絵が描かれている。

 

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模様の違うカゴや背負子に囲まれながら、道具を説明する山口さん。

模様の違うカゴや背負子に囲まれながら、道具を説明する山口さん。

 

●クリカチ族のカゴ≒庄内の蔓のテゴ
 

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アマゾンのインディオはヤシの葉や葉柄、シポーと呼ばれる蔓などを材料にカゴや背負子を編む。狩猟や採集を営む彼らのカゴは非常に軽く丈夫にできているが、山の幸を入れる庄内のテゴもアケビやブドウ蔓の特性が活かされ、しっかり丈夫に作られている。編み方など、どちらも野趣があり奥深い。

 

●ガヴィオン族の臼と杵≒切畑の木工品の臼と杵

 

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切畑の木工品の臼と杵は、山形県のふるさと工芸品にもなっているが、インディオの生活にも臼と杵があり、同じように一本の木を削り出して作られる。切畑の方はケヤキやアズサを、インディオの方はパウ・ブラジルという木を乾燥させ、丁寧に内側をくり抜いて成型する。日本では主に餅をつく道具だが、インディオは種をすりつぶす時などに調理器具のように用いる、素朴で堅牢な木工品だ。

 

●ヤシの芯によるほうき≒庄内町の槇島ほうき

 

ほうきを手に説明する山口さん。

ほうきを手に説明する山口さん。

 

どちらも手頃な大きさで、一度作ると長く使うことができ、素材を束ねる糸をわざわざ染色して施すなど色とりどりだ。ほうきは「掃き清めるもの」という性質から元々呪術的な意味のある道具だったようだが、インディオのほうきの中には呪力を増す力があると信じられている鳥の羽をつけたものも存在する。

 

 

ほかにも、ろくろも釉薬も窯も使わずに作られた土器があるなど、形状は違うが古の日本を彷彿とさせるつくりをしたものも。

 

土器にも細かな幾何学模様が。

土器にも細かな幾何学模様が。

 

日本にも、わらで編んだ虫かごなどがあるが、こちらはペットを入れるためにヤシなどの植物で編まれたもの。生き物を愛でる気持ちはどの民族も同じだ。

 

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生活様式と知恵の蓄積がつまった、手仕事の全て。

古くからの風習を守りながら、信仰に基づく生活を営むインディオたち。彼らと、今やアジア先進国と言われる日本。両国や、ここ山形との風習や道具に似通った点が見られるのは、なかなか興味深いことだ。

「彼ら(インディオたち)は身近な素材から様々な道具を作り、動植物も多くを採ったり射止めたりせず、自然と共存してきました。彼らの道具には、彼らが何世代にもわたり受け継いできた生活様式がそのまま内包されています」と山口さんは解説する。

 

弓を引くインディオの男性。

弓を引くインディオの男性。

 

また、儀式の時、インディオたちは仮面をつける。これは、精霊や祖霊が自分に乗り移り、自分以外のものに変心して超自然的な力を発揮できると信じているため。仮面には、想像上の存在やジャガー、蛇、亀などを表現したものなどがある。古の日本においても、熊の爪を首飾りにするなど、強い動物の力を借りようとする行為が見られるが、それに似た考えを感じる。

 

様々な仮面たち。

 

彼らの道具は一つひとつ長い時間をかけて作られるが、女性が使うものを男性が作る場合やその逆の場合もあるという。自分の家族や仲間が使う品だからこそ、それに込める想いはひとしおだろう。大切な人に託す品を、手間暇惜しまずに精魂込めて作り上げるのがインディオの気質なのだ。山形に古くからある民具や道具も丹精込めて作られているが、これも山形の気質なのだろう。

 

インディオたちが狩りのときに使う槍も、一本一本、動物の骨の犬歯の部分を使い、手作業で削りながら作られる。(作業を実演する山口さん)

インディオたちが狩りのときに使う槍も、一本一本、動物の骨の犬歯の部分を使い、手作業で削りながら作られる。(作業を実演する山口さん)

 

道具のもとになる素材を与えてくれる自然の中で生かされていることを忘れず、必要以上にものを獲らない。こうした考え方はインディオだけでなく古代日本やアイヌ、沖縄など多くの民族も同じだった。それぞれ生きる場所は違えど、根底には同じものがある。純粋に、生きるために為したという形が、彼らや私たちの道具に表れているのだ。ただ、その〝形〟が今ではほとんど残されておらず、忘れられてしまっているのは大きな損失なのではないだろうか。

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